異世界メモリアル【11周目 第26話】
「うをおおおおおおおおお! むしろこれを待ってたぜええええ!!」
舞衣の用意したアルバイトは、オンラインのMMORPGみたいな世界観。
俺はね、もともとこういう世界に来たかったんだよ。だから名前がロトなんだよ。
しかも単に金を稼ぐのではなく、性別変換薬の材料の採取だった。
10人分の材料を手に入れたら、1人分の性別変換薬を買うことができる。
これならいかにもゲームのおつかいクエストみたいで納得だよ!
「なかなか、落とさない、なっ」
とりあえず必要な材料を落とす中で一番弱いモンスターを叩きまくっている。でかくて怖いウサギみたいなやつ。
100体倒して手に入れたのは1つだけ。
先は長い……。
「とりあえず街に戻って回復薬補充して、温泉入るか……」
この手のゲームにありがちな移動に入る。便利な移動手段がなく、とにかく走るしかない。
しかし、オンラインゲームを初めてプレイしたときを思い出し、結構嫌いじゃなかった。
「ふ~」
鎧のまま温泉に入る。なぜかそういうシステム。あるある。
温泉に入ると体力が回復する。
「武器と防具どうするか……」
今倒しているモンスターは、攻撃力が高くないので、死ぬことはない。
しかし防具を買えば、街に戻ってくる回数を減らせる。
武器を買えば、倒すスピードが上がる。
どっちが効率的ですかね……。武器か防具か……。
こんなことを考える時間が、ほんと楽しいんですけど。
ほんと俺ってゲーマーだなあ……。
「それにしても、よく出来てる」
このバイト、ハードモードじゃなかったら楽勝だっただろう。
どうやら、このバイトの戦闘、俺のステータスが反映されているのだ。
文系学力が、回復魔法。
理系学力が、攻撃魔法。
運動能力が、攻撃力。
芸術が、素早さ。
料理が、器用さ。
そのように変換されており、上記はレベルでは上がらない。
ただし、体力はレベルアップで上がるし、武器や防具を揃えていけば、ステータスが低くてもクリアは可能。
学力が低ければ魔法はまったくできないわけだが、それでも戦士としてはやっていけるわけで。回復だってアイテム買えばどうとでもなる。
「無双してみたいけどなあ」
もし今回がハードモードじゃなければ。
回復魔法があるので、こんなに何度も街に戻ってくることもない。
攻撃魔法が強力だから、今のモンスターなど一撃だろう。
攻撃力も高いから、魔力が尽きても大丈夫。
素早さのおかげで先制攻撃だし、ほとんど無傷なんじゃないか。
器用さがあれば、「ぬすむ」が使えるからもっと早くアイテムが揃うだろうし。
楽勝だよな~。
「ま、そんなこと言っててもしょうがない」
温泉から飛び出し、また戦場へと走り出す。
もうちょっとウサギ叩いてから、ブーメランを買おう。
複数攻撃は便利だからね。
「ほらこれだ」
エンカウント。
目的のアイテムをドロップしないモンスターだ。見た目は可愛くないペンギン。7体もいやがる。
倒しても意味がないが、妙に多く登場するため逃げるのに失敗すると最悪死ぬ可能性がある。
めんどくせー。
「これで死んでくれよっ」
吹雪の魔法を使用する。
こいつペンギンのくせに、弱点が氷なんだよな。
吹雪の魔法は複数攻撃なので、こういうときに便利ってわけ。
逆にいえば、こういうときのために魔法力はとっておく必要があり、ウサギは地味に叩くしかない。
「ふー、なんとか一撃だ」
理系学力がもう少し低かったら倒しきれなかったな。
やはりブーメランは必要だ。
「さて、ウサギ叩きに戻るか」
広大すぎて、どこまで行けるのかわからないフィールド。
フレンドどころか他に会話する相手もいない。
パーティーなんて組めるはずもなく、強制的にソロプレイ。
好きなときにログアウトできるわけもなく。
攻撃を受けたら本当に痛い。
この世界を救うとか、大きな目標も無し。
乗り物が増えるアップデートも期待できないし、カジノや生産系の行動もない。
見た目のための着せ替え防具を買う余裕もないし、ジョブチェンジみたいな要素すらない。
ザコ敵を叩くという、退屈極まりないクエスト。
でも。
それが。
「楽しいんだよなあ……」
ウサギの脳天を両手斧で叩き割る。
これがクリックじゃなくて、実際に体を動かしてやるというね。
全然退屈じゃないな。
むしろハードモードじゃなかったら、簡単すぎるしすぐ終わっちゃうからつまらなかったかもしれない。
正直、このくらいの難易度じゃないと面白くないぜ。
「ん? 3体出てきた。この辺だと複数出るのかな」
当然、攻略Wikiもゲーム情報サイトもないから、こういうことも自分で調べる。
そういうのがいいんだよ。
3体相手は厳しいから、魔法を使って切り抜けて、また街に戻ろう。
「おお」
3体倒したら、2つもドロップした。
これなら、早めになんとかなりそうだぞ。
もう回復魔法も使えないし、さっさと戻ってまた温泉だ。
ブーメランを持ってくれば、うまくいくだろう。
「あっ!?」
しまった、ペンギンだ。しかも9体。
もう吹雪の魔法は使えない。
逃げるか?
いや、逃げそこねたら死ぬ……。
「くそっ」
まず一体。
なんとか一撃で葬る。
「くっ、ぐっ、ぐふっ」
8体から攻撃を受ける。
次にダメージを受けたら死んでしまう。
「回復薬を使うしかない……」
回復に成功するが、また8体から攻撃を受ける。
駄目だ、これでも次で死ぬ。
「回復薬はまだある」
耐えろ。
きっとチャンスは来る。
「くっ……」
ジリ貧だ……。
ただ回復薬が減っていく……。
「イケるか……?」
2体の攻撃を回避できた。
6体のダメージで済んだ、絶対ではないが次に7体の攻撃を受けても死なないはず……!
「イケっ!」
ペンギンを一撃で倒した。
ここで躱されたら終わってたかもしれない。
7体の攻撃を全部食らう。耐えろっ!
「うわー」
瀕死だ。
急いで回復薬を使う。
危ない……マジで死ぬかと思った。
とはいえ、死んでもきっと、また1年生の入学式から始まるだけ。本当に死んじゃうのにこんな戦闘繰り返してるキリトさん半端ねえな。
クリティカルヒットされたら死ぬという緊張感で、手に汗を握って耐える。
なんとか死ななかった。もう大丈夫か。
「躱すなよ!」
着実に撃破。
残り6体。
このままなら回復薬が持つ。
……5体。
……4体。
回復薬が切れる。
……3体!
これでっ……!
「ギャーッ!?」
ここに来て痛恨の一撃。
だ、だめだ。
これで次に倒しても2体残ってる。
もう一撃でも食らったら死ぬ。
お、終わった――。
絶望しつつ、斧をつかむ。
そして……俺は……。
「うおおおお!」
ダッシュで逃げた!
逃げなきゃ死ぬなら、逃げるしかないだろ!
逃げなきゃ駄目だ、逃げなきゃ駄目だ、逃げなきゃ駄目だ! 逃げます! 僕は義朝を女の子にするために戦う勇者、ロトです!
運良く、回り込まれることはなく、街まで逃げ帰ることに成功した。
「風呂は命の洗濯……どころじゃないな。風呂がなかったら死ぬ」
鎧を着たまま、温泉の中で。
「ここでお風呂にペンギンが入ってきたら、本当に死ぬな……」
などと、とある温泉ペンギンを思い出した。




