異世界メモリアル【11周目 第24話】
「ふんふんふんふん、ふふふふんふ~ん♪」
鼻歌も出ちゃうってもんですよ。
もうクリスマスイブなのに、特になんも起きないんだもの。
ハードモードだから、さぞ大変だろうと思っていたが、それはシステム的なものだったんですよ。
考えてみれば、義朝はいわゆる隠しキャラってやつだろう。
隠しキャラは他のキャラに比べて、イベントが少なく、攻略が簡単なことが多いわけ。
運動系ヒロインは運動、料理なら料理、メインヒロインはオールステータスが求められるわけだが、義朝はそういうんじゃないからね。
バグを見つけるまで帰れないだの、親父さんを倒すまで特訓だの。そういうのは必要ナッシング!
きっと義朝攻略は、このままのんびりデートでもしてたらいいんですよ。
「義朝、ほんとに家についてっちゃっていいの?」
「ていうか来てくれないと困るぜ。俺だってクリスマスイブにひとりでケーキ食いたくねえよ」
「お、おう」
いやー、セリフだけ聞いてたら男同士みたいだけど、実際はバリバリデート服の女の子だからね。お出かけした後、家に招かれるって……こりゃもう、あれでしょ。ちゅーくらいするでしょ。ねえ。
通常はデートをしたら解散する。家についていくというのは、イベント発生なわけですよ。ギャルゲーならCGが出るやつ。よーし、CG達成率あげちゃうぞー。
「あれっ、鍵が開いてる」
「えっ」
空き巣ですか!?
まさかタンスが荒らされて、ぱんつがそこら中に散らばってる的な……そういうパターンのCGだったか……。
「待ってたぞ、義朝」
そう言ってあらわれたのは、おじさんだった。
「お、親父……」
露骨に嫌な顔をする義朝。彼氏を見られたのが気まずいのかしら。
いいんだよ、俺のこと紹介しちゃっても。こっちは攻略しようと思ってる時点で結婚するつもりなんで。
「ついに手に入れたぞ。クリスマスプレゼントだ」
「ま、まさか……」
義朝父が出したのは、なんと錠剤。クリスマスプレゼントに薬って……どういうことだ?
「これでお前も本当の男になるわけだな……」
えっ?
「ラテスラ社の開発した新薬、性別変換薬。高かったんだぞ」
はっ?
「さあ、呑みなさい」
確かに、これは一度ニコが呑んだものと同じだ。
いやいやいや、ちょっと待って……嘘でしょ、やめてくれよ……。
ラテスラCEOが自分の長男を実験材料にしてまでつくった、あの性転換できる製薬がこんなところで出てくるとは。
いらないって。
ニコのシナリオで出てきたパターン、またやるのおかしいって。
当時のことを思い出す。
あの製薬は、心と体の性別が異なる人のために研究していた。それが、それが、まさか義朝のことだったとは……。
「……頼んだのは、俺だもんな……」
「よ、義朝? 嘘だろ?」
「悪いなロト、これは約束なんだ。俺は女の体だから女として生きていくが、男の体になれたなら男として生きていく……だから」
「あっ、やめ、やめ――」
義朝はぽいっと口に入れると、ごくん。
最悪だ……。
「あれ?」
特に変化なし。
なんだ、効かなかったのかな。
「よし、それで明日の昼くらいには男になってるはずだ。あらためて家族でクリスマスを祝おう。じゃ、義朝、また明日」
義朝の父はそう言い残して去った。
……薬が効くのに時間がかかるだけか。そういえばニコも目の前で変化したわけではなかった。
俺は好きな女の子が男になっていくという体験を、また味わうわけか。
くそっ、暴れまくって薬を奪い取ればよかった。
「……ロト、ケーキ食おうか」
「うん……」
義朝は、お茶の用意を始めた。
ポットでお湯をわかす姿、ティーポットにティースプーンで茶葉を入れる様。妙に女性らしく感じる。
「メリークリスマス」
「メリークリスマス」
義朝の部屋。
クリスマスケーキ。切り分けられたブッシュ・ド・ノエル。
本当なら、暖かくて、心弾むような、ウキウキした雰囲気になるはずだった。
しかし、今は。
カチャカチャとケーキを削り取るカトラリーの音はとても悲しげで、まるで最後の晩餐であるかのようだ。
顔を見るのもためらわれ、外を見ればうっすらと雪が舞っていた。
ホワイトクリスマス。
それを喜ぶことはできず、ただ、冷たさと切なさだけが胸に降り積もっていく。
伝えたいことは、一つも口から発することはできず、義朝もそれは同じ。
ただ、何も言えない。その気持ちだけが伝わっていく。
無言のまま、ケーキを食べ終わり、お茶を飲み終わった。
かちゃりと音をたてて、彼女がソーサーにティーカップを置く。
「……キスしよっか」
勇気を振り絞って言ってくれたキスのお誘いが、これほど悲しいなんてあってたまるか。
ついさっきまで、こうなったらいいなと思っていたことが、これほど悲しいなんてあってたまるか。
泣くのを我慢して、喉にこみ上げてくるのをこらえていたが、涙が耐えきれずにこぼれた。
「まだ女の子だと思うけど、もうすぐ男になるやつとは、やっぱイヤか?」
首を振る。
強く首を振る。
そんなわけないだろう。そんなわけない。
よくわからないけれど、きっと俺もそんな顔をしているのだろうと思う表情で、俺を見ている義朝に。
俺は、そっと抱きしめてから、ゆっくりと口づけを交わした。




