異世界メモリアル【11周目 第20話】
「また尻を触られたか……」
「待ってくれ義朝、その言い方は俺が変態みたいじゃないか」
「待ってくれロト、まさか自分が変態じゃないみたいな言い方じゃないか」
「変態じゃねーよ!」
いつもと同じノリ。
溺道の練習風景だった。
尻出の義朝は、Tバックなので尻が出ている。そしてそこは有効打となる場所。
そして、手足は誰もが防御しやすい部位である。
脚を絡め取ると見せかけて、尻を掴むのは相手が尻出の場合は常套手段と言っていい。決して俺が義朝のお尻を触りたいからという理由からだけじゃない。触りたくないとは言ってないが。
「にしても、そろそろロトも尻を出してくれないとキツイな」
最初は膝隠から始まる溺道だが、膝を出す肩隠になり、現在は肩を露出させる腋出だ。
次が最高位となる尻出、という状況だ。
「義朝もそろそろ胸を出してくれないとキツイぜ」
「胸は出ねえよ!」
溺道のルールでは残念ながら女子の胸は出ない。
男は早々に胸を出しているのだが、ここだけは溺道において強さと関係なく隠れることになる。
それがハンデになるかというと、男の胸は掴めるわけじゃないので、あまり意味はない。
とはいえ、戦略上は大分違いが出る。
水着部分を掴むと反則になるわけだから、胸を触らせるように誘導させるという技が使える。肩を掴もうとしたら、上から手をはたかれて、胸を鷲掴みにしてしまい反則負け。
まったく卑怯な技だぜ!
「変態という意味では、義朝が俺におっぱい触らせようとするほうが変態なんじゃないか」
「なっ!? ちゃんとした作戦だっつーの!」
「ほんとかなー。俺に揉まれたいだけなんじゃねーの?」
「お、お前……! そこまで言うなら胸つかみによる反則無しのルールでやってやるよ」
よしっ!
挑発に成功したぜ!
これなら俺が勝てる!
「ごばがばばばばばば!」
「ロト、基本がなってないぜ」
瞬殺だった。足の使い方がすごい。つ、つえー。
なんだかんだやっぱり義朝には勝てないなー。
「げはっ、げはっ」
溺れるのも慣れたな。
溺道において溺れることは、スキーで転ぶのと同じようなものです。安全安心に溺れるところから溺道は始まる。
「でも、まあ、相方はやっぱロトしかいないよな」
「お、おう」
これから始まる、世界溺道大会。
その地方予選のエントリーのことだ。
ポスターに書かれた「溺れるもの久しからず、真夏の夜の夢のごとし」という意味がわからないキャッチコピーを見ながら、過去の部活動を思い出していた。ボランティアだの料理だのいろいろやったな。
溺道で世界一になることが義朝攻略に必須、とは思わないのだが。やっぱり活躍したほうがいいだろう。
「頑張ろう、部活。脇目も振らずに」
そう気合を入れる。やっぱ本気でいかないと無理だろう。
「ロト」
義朝も同じ気持ちだろう。そう思いながら視線を交わす。
「デートはしようぜ」
あれ!?
そうなの!?
顔が真っ赤ですけど!?
いや、え?
これはどっちなの?
いいのか、デートしてて。それで世界一になれなくて大丈夫なのか?
罠という可能性もあるぞ。
ここで「そうだな!」なんて言ったら、いきなり怒り出したりしない?
「……嫌なのか?」
「とんでもない! デートいこう! 息抜きも大事だし!」
無理だった。
こんな恥ずかしそうにデートをおねだりしてくる義朝に、冷たい態度をとれるわけがない。
「ロト……平日は部活で、休日はデートで。……ずっと一緒だな」
う、嬉しそうだ……これで攻略失敗しても後悔するまい……。
こうして、五月、六月が過ぎていった。
部活を頑張って、尻出になって。
デートで遊園地や、映画とかプラネタリウムとか水族館とか行って。
毎日義朝と一緒に。
状態異常にもならず。
ハードモードとは思えないくらい、楽しい毎日だった……。
「そして、やっぱりハードモードだったな」
「どうしたロト、落ち込んでるなあ」
「そりゃ落ち込むでしょ」
ぎりぎり地方予選を通過して、本選は一回戦で敗退した。
もちろん義朝は勝ったのだが、俺が二敗したためだ。完全に俺のせい。
仮にデートなんてせずに、部活に全力投球していたとしたら……いや、勝てない。せいぜい二回戦に行けたかもしれない程度だ。
はっきりいって運動能力のステータスが足りない。容赦なく足りない。
ノーマルモードであれば、優勝していただろうに……。
「ごめんな義朝」
「いいって、いいって。しょうがないって」
悔しい。
死にたくて始めた溺道だが。やっぱり悔しいだろ。
義朝は一度も負けてない。
俺さえ強ければ、義朝と一緒に世界一になれたのにと。
そう思うと……。
「な、泣くなよロト~!」
「くそっ、くそっ、ハードモードなんか選ぶから」
「何言ってるんだよ、落ち着けって」
真姫ちゃんとストリートファイト大会に出たときは、あっさり余裕で勝ったのに。
義朝の溺道での強さは、真姫ちゃんのストリートファイト並なのに。
「義朝は、義朝はすげーのに。俺が弱いせいで……っ」
ハードモードだとしても。
死にたいとばかり言ってないで、ちゃんと最初から運動能力を上げていれば。
状態異常を繰り返して無駄な時間を使わければ。
あのときああしていれば、こうしていればという後悔が多すぎて、押しつぶされそうになる。
「ロト……」
ぎゅっと抱きしめられる。
泣いている子どもが母親にそうされるように。
情けない。
「う、うう、ちくしょう……ちくしょう」
もっと情けないのは、こうして義朝に慰められていること。
そして、それを振り払うこともなく、甘えていることだ。




