異世界メモリアル【第31話】
俺は競馬場にやって来ていた。
資金稼ぎのためである。
天気は快晴、馬場は良馬場だ。
ゴールデンウイークに入ったばかりのこの時期、気候がなんとも気持ち良い。
風がターフをさわさわと撫でていくのを見るだけでも心が躍る。
競馬場に来たのは初めてだが、結構楽しみだった。
なぜなら競走馬育成シミュレーションゲームは、かなりやりこんでいたからな。
もちろん、競馬新聞の読み方や予想の仕方も心得ている。
どれどれ。
俺は買ったばかりの競馬新聞を開く。
――なんにもわかんねえ。
忘れてたけど、ここはガッツリ異世界だったわ。
文字すら違うんだから、考えてみれば当たり前だった。
一応馬の血統なんかも見てみるが、知ってる競走馬はいなかった。
これじゃ、予想のしようがねえぞ。
とりあえずパドックに向かう。
実際に走る馬の直前の様子を見る場所だ。
そこには意外な人物がいた。
「あれ、ロトっちじゃん」
音符の髪飾りをつけた美少女、次孔さんである。
向こうも意外な人物を見つけたというような顔で見ている。
「次孔さんこそ、なんでここに?」
「私、競馬新聞の記者になるのが夢なんだよ」
エエ~~ッ!?
競馬新聞の記者だってぇ~!?
意外、あまりの意外さに衝撃を受けていた。
そういえば前に次孔さんから好きな新聞について聞かれたことがあったっけ。
あのときはスポーツ新聞と答えて、エロい人扱いされたんだ。
選択肢としては競馬新聞が正解だったってことかよ?
なかなかの難易度だな、このギャルゲー世界。
「競馬場は初めて?」
そう聞いてきたのは初めて会ったから、だろう。
毎週のように通っているに違いない。
「そうなんだ、新聞の読み方もわからない」
「にゃ~るほど、にゃるほど~」
腕を組み、うんうんと頷きながら嬉しそうに頷いている。
なんだ? 何で?
「そこで、将来競馬新聞記者になる私に教えを請いたい、そういうわけか」
そういうわけなのか!?
全くそんなことを考えていなかったが、ここはそういうことにしておいた方が良さそうだ。
「次孔先生、よろしくおねがいしますっ」
「し~か~た~な~い~なぁ~」
嬉しそうな声で、勿体ぶった言い方をする次孔さん。
全然仕方なくなさそうである。
むしろ、教えたくて仕方ない感じだ。
この気持ちはわかる。
オンラインゲームで新しく始めたプレイヤーに、色々と教えるの楽しいからな。
「まずパドックでは顔を見ます」
「顔?」
「(`・ω・´)シャキーンって感じの馬が走る。(´・ω・`)ショボーンって感じの馬は走らない」
(゜Д゜)ハァ?
将来の競馬新聞記者様は、大真面目に言っているようだ。
パドックでくるくると回って歩く馬の顔を、眼光鋭く見ている。
足の運び方を見たり、興奮しすぎてないか確認したり、健康状態を見るものだったような。
一応俺もやってみる。
……ウマです。
ウマの顔です。
表情とかわかんないです。
「ほら、3枠5番の馬は(`・ω・´)シャキーンとしてるでしょ? 1枠1番は(´・ω・`)ショボーンでしょ?」
「眉毛ないよね、馬」
「眉毛とかじゃなくて、オーラを感じるのよ」
「何その特殊能力」
もし本当にそうだとしたら予想は当たるのかもしれないが、記者としてはどうなんだ?
予想の理由に(`・ω・´)シャキーンとか(´・ω・`)ショボーンとか書かれても意味わかんないよ。
競馬の予想っていうのはさぁ、調教のタイムとか調教師の発言とかを元に論理的にするものなんだ。
パドックを凝視していた次孔さんはくるっと振り返って俺を見る。
「パドックで見るのはそれだけよ」
なんでドヤ顔なんだ?
すっげー浅い予想な気がしますよ?
疑惑を持つ俺だが、次孔さんに移動を促される。
競馬場のコースの内側に向かうようだ。
青空の下、ベンチに並んで座る俺達。
「次はオッズを見ます」
オッズとは当たったときの倍率を表すものだ。
勝つだろうと思われている馬ほど倍率が低くなる。
基本的には戦績の良い馬ほど、オッズが低い。
オッズが百倍を超えると、最低掛け金の百円でも一万円になることから万馬券と呼ばれている。
当たれば凄いが、要は滅多に当たらないということだ。
こういう競馬そのもののルールや設定は俺の知識と同じだ。
「5番は……万馬券ね!」
シャキーンとしていた5番はどうやらそれほど人気がないようだ。
「やったわ! 当たったら凄い!」
当たればね。
「それはいいが、どうするんだ?」
俺はオッズを見て何を予想に役立てるのかが知りたいんだが。
「オッズを見て万馬券だったら喜ぶのよ!」
「それだけ?」
「そうよ!」
これって単純にパッと見で馬券買ってるだけじゃん!
ただの可愛い女子高生の次孔さんの買い方だ。
将来の競馬新聞記者の買い方じゃねえ。
「それじゃ買ってくる!」
とててて~と小走りで買いに行く次孔さん。
自信満々というか、何の躊躇もなかった。
待てよ?
ひょっとして、天才なのか?
次孔さんはあまりにも競馬が好きだから、特殊な能力に目覚めている?
馬の顔を見るだけで当てられるというのか。
だとしたら記者にもなれるかもしれない。
鳴り響くファンファーレ。
カタンという音とともに埒が開き、レースが始まった。
3000メートルの芝のレースだ。
長距離だからスタートからハイスピードの馬はいない……と思ったが一頭いた。
「来た! 5番! 来たよ!」
馬券を握りしめた次孔さんが叫ぶ。
マジか!?
5番が圧倒的なスピードで先頭を駆けていく。
6馬身、7馬身……どんどん突き放す。
会場はどよめいていた。
普段の戦法とも違うということか。
まさか本当に!?
先頭のまま、最終コーナーを周る。
最後の直線に入って、他の馬たちが追いついてくる。
そして、あっという間に――5番を抜いていった。
5番は完全にバテており、ビリでゴールした。
そして勝ったのは1番の馬だった。
次孔さんがショボーンとしているから走らないと言っていた馬である。
これは……大外れ、だな。
俺は次孔さんの表情を伺う。
「惜しかった~」
満面の笑みで悔しがっていた。
ビリなんだから、全然惜しくない。
「よっしゃー! 次のレースのパドック行くぞ~! れっつごう!」
馬券が外れたのに、嬉しそうに歩き出す。
こんなに楽しそうな次孔さんは見たことなかった。
よっぽど競馬が好きなんだな。
記者になれるかはわからないけど。
俺はその後、次孔さんがショボーンと言った馬を買うことでそれなりに資金を稼げた。
ある意味才能と言っていいだろう、あそこまで予想がハズれるのは。
オケラになり、4時間歩いて帰るという次孔さんに、今日のお礼として電車代を奢って帰った。
あいちゃんともいつか来てみようかな、競馬場。
優秀な人工知能だから、凄い予想しそうだ。
俺は風呂で、一緒に競馬場に行く想像をして、のぼせた。




