異世界メモリアル【第30話】
「料理部を辞めようとかと思うんだ」
「ほへ? なんでまた?」
スプーンを口に咥えながら、舞衣は間の抜けた声を出した。
相談に乗ってくれと妹に頼んだところ、アイスクリームを用意せよと命令されて今に至る。
もともと、料理部に入ったのは舞衣の薦めだったので報告する義務がある。
「んっ、一応、教えてよ理由」
さくら色の薄い唇から垂れた、バニラアイスの雫を舌で舐めながら言った。
理由はあまり言いたくないが仕方ない。
どうせならば、正確に伝えよう。
咳払いをしてから、気合を入れる。
「ん~、料理は出来たほうがいいですケド~、上手すぎても彼女としては微妙っていうか? 普通の女子高生としては? あと、私料理を食べられませんし? って言われたんだ」
「うわ~、モノマネ似すぎてて気持ち悪~」
目を ><にしながら舞衣が言った。
渾身の真似なので、似てると言われるのは嬉しいが、そんなに気持ち悪いか。
でも誰のことか言ってないのに、似すぎてるって言われるほど似てるのか。
俺、スゲーな。
いや、料理が食べられないなんて、彼女だけか。
だとしても……舞衣ってあいちゃんに会ったことあんのか?
まぁいい、細かいことは気にしない。
料理部を辞めるのは決定事項だ。
相談したいことは、これからのこと。
俺はテーブルの上に腕を乗せて、指を組んで顎を乗せる。
いわゆるネルフの司令の格好である。
「俺に必要なのは学力と運動能力、そして容姿だ」
「なっ!? なんでそこまで断言できるように……今まで私に聞いてばかりだったのに」
漫画だったら、がぁ~んという音を背負いそうなほどオーバーリアクションの舞衣。
そこまで驚かなくてもいいだろう。
まるで妹に言われるがままに行動していた、ダメ兄貴みたいじゃないか。
「そのために普段の生活、部活、バイトなどの見直しを行いたい」
「そのためのプランを提示しろということね?」
こくり、と頷く俺。
「一応聞くけど、犯罪を犯さずに、命の危険が無く、その中で最大限キッツイのでいいのよね」
……こくり、と頷く俺。
覚悟は決めたはずだ。
「じゃあ、まずは3つのアイテムを揃えます」
BL漫画家のアシスタントで稼いだお金は結構貯まっている。
普段の行動によるステータス向上の効果を増すことができるから、アイテムはとても重要だ。
舞衣の提示したアイテムとは、1つ目が1日5分寝るだけですむようになる枕。
毎晩徹夜して勉強できるという。鬼だ。
2つ目が、お風呂に入るだけでどんどん美形になる入浴剤。
ただし、50℃以上のお湯でないと効果がない。悪魔だ。
3つ目は、重力発生装置になっている腕時計。
まさにドラゴンボール的な修行方法と言えるだろう。地獄だ。
3つとも買い揃えても、多少まだお金は残ると舞衣は言う。
「そして、一番厳しい部活と言われているプロレス同好会に入部します」
同好会なのに一番厳しいのかよ。
野球部の甲子園やサッカー部のインターハイ出場などが見込めなさそうだな。
スターとして華々しい成果を挙げられそうもない。
しかし、そんなことは問題ではないのだ。
ただひたすらステータスを上げることを優先する。
これがストロングスタイルか。
「アルバイトはしなくてすむよう、一旦競馬で稼ぎます。外したら……内臓でも売りましょう」
冗談だよな?
全然笑ってないぞ。
そもそも高校生はギャンブルなんてやっちゃいけないんじゃ?
「競馬って、俺はやっていいのか?」
「自分で労働して稼いだお金なら、例え園児でも問題ありません」
そうですか。
そういう世界なら、それでいい。
外したときのことは気になるが……。
当てられれば、どうということはない。
「今決めたことって、全部……その子に好かれたいからよね?」
……そのとおりだ。
廊下で聞いてしまったから。
普通はそういう男を好きになる。
そして、私は普通だと。
だから勉強とスポーツが出来てルックスのいい男になりたい。
なんとなくステータスを挙げてモテたいと思っていた今までとは異なる。
「まぁな……2%ってのが気に食わないんだ」
「一番親密度低い相手に、彼女にどうして好かれたいの?」
確かになあ。
実羽さんという天使のような美人が、俺のことを好きだとわかっているのに。
あんな非の打ち所のない女の子が。
常識的に考えて、実羽さんを狙わない理由がない。
俺がギャルゲーをプレイしていてこの状況なら、間違いなく実羽さんを攻略するだろう。
なんでだろうなあ。
全くわかんねえ。
腕を組んで悩んでいると妹は次のセリフを紡ぐ。
「……そんなに好きなの?」
「そうじゃない、むしろムカつく。大嫌いと言ってもいいね!」
声を荒げる俺。
じゃあなんでよ、と言わんばかりの顔で見てくる舞衣。
「どうしても気になってしまうだけなんだ。なんか気づくとあいつのことを考えちまう」
舞衣は肩をすくめて、ふぅと息を吐いた。
そして、もったいぶったオーバーアクションで人差し指を俺に突きつけて言った。
「お兄ちゃん、世界はそれを恋と呼ぶんだぜ?」




