異世界メモリアル【9周目 第18話】
「レイプしたいというのは愛ではなくてですね」
「じゃあロトさんは好きじゃない人としたいと思いますか?」
「いや、そんなことないですけど」
「じゃあ愛してないとは言えませんよね、はい論破」
……お茶を飲む。ふー。
「レイプとは相手の都合を考えずに無理やり愛しているのが駄目なんです」
「相手の愛は受け入れるのが愛です。はい論破」
……こめかみを揉む。なぜだ。なぜ論破されているんだ俺は。
エジソンが偉い人であることより、遥かに常識だと思うんですよ。レイプは悪いこと。
しかし今俺は、なぜレイプが悪いのかという説明に苦戦していた。まるで子供がなぜ人を殺してはいけないかを問われてうまく説明できない親のように。
もちろん、彼女はレイプされてしまい、それをまともに向き合っていたらどうなっていたかわからない。だから曲解しているというのは重々承知だ。
「そもそも結婚しているわけで、他の男性にレイプされて問題ないわけないじゃないですか」
「結婚していなければレイプは問題ないということですね」
「違いますけど!?」
「じゃあ未婚既婚は関係ないですね、はい論破」
ちくしょう!
なぜだ、なぜ論破されてしまうんだ!
もう一度お茶を飲む。落ち着け……俺は間違ってない……間違ってはいないはずだ……。
「そもそもですよ。レイプされたらイヤですよね?」
「生きていればイヤなことだってあります。許しあうのが愛でしょう」
……なぜだ……なぜか納得してしまう……。
「じゃ、じゃあ俺が今レイプしても平気だっていうんですか」
「え? ロトくんが述じゃなくて私をレイプしてくれるの? 嬉しいな」
「うっ」
本気で嬉しそうに顔を赤らめる来斗さんのママ……フライさんにどきっとしてしまう。
レイプも悪くないのでは……いや、違うよ、これレイプじゃないし。ナンパだよ。いかんいかん、この世界はギャルゲー世界だけあってヒロインのお母さんが魅力的すぎるんだよ。いくら人気があっても攻略対象じゃないぞ。
「ふーん……ママを」
「違いますよ!?」
母をレイプするという話で怒るのではなく、嫉妬するという新感覚ヒロインの来斗述。
そんなことをしている場合じゃないのよ。
「すみません。一般論で話をしたのが間違いでした。フライさんの……フライさんがレイプされたときのことを教えてもらえませんか」
「あ、それ私も興味ある」
自分の母親がレイプされたときのことを、目を輝かせて聞きたがるという斬新すぎるヒロインの来斗述。
俺は当たり前だが興味本位で聞いているわけではない。
フライさんはそれまでにこやかにしていた表情を一変させ、落ち着いた声で語り始めた。
「あれは……夫が出張中のことでした」
長い話になりそうだ。俺も来斗さんも背筋を伸ばした。
「アップ……述の姉です。アップが生まれてまだ間もない時期でした。私はすでに両親が他界していて頼れる親戚もいません。そこで夫が家事手伝いとして雇ったのが彼でした。なんだかんだ男手があった方がいいということで若い男性にしたんです。大学生だったかな。ちょっとだけ年下だったはず」
男を雇ったのは蛮さんだったのか……。
「アップは夜泣きがひどかったし、初めての子供だったこともあって、いつも疲れてた。だから、彼が来ると安心して寝てたと思う」
大学生の男が、こんなに美人の若妻の寝姿を頻繁に見ていたら、惚れてもおかしくないな……。
「そこでレイプしたのね!」
「来斗さん、興奮しないで……」
真剣に思い悩んでいるのに、隣の女の子は「レイプキター!」とばかりに喜んでるのつらい。実の母のレイプを心底嬉しそうに聞いてるの、マジでどうにかしてあげないと。
「二週間くらい経った頃。いつものように完全に油断して、服をはだけさせて昼寝していたときのこと。気づいたら、もうレイプされていたの」
「きゃーきゃー」
「来斗さん、リアクション間違ってるからね」
来斗さんの肩を触る。お願いだから落ち着いて欲しい。今、大事なところなんですよ。
「当時はショックだったなあ。思ってもみないことだったし、夫以外とそういったことはしたことなかったし」
「……」
来斗さんの反応がなかったらないで、重い……当たり前だ、レイプされた話してるんだから……。
「びっくりして、呆然となって……その後は、もうとにかく夫に悪いと思ってしまって」
「……」
「されるがままに、最後まで……ただ泣いていました」
「……」
ごめん、来斗さん、なにか言って……聞いていられない……。
「ただ、問題はその後……彼は自殺を図りました」
「えっ……」
「私がただ泣いているのを見て、正気に戻った彼は、ベランダから飛び降りたんです」
「……」
来斗さんはもう、目を輝かせてはいなかった。
「私は自分を責めました。彼の気持ちに気づかず、だらしない姿を見せたことを。彼からしたら誘っているように思ったのかもしれない。彼を自殺に追い込んだのは私だと」
そんなことはないが、今そんな事を言っても意味はない。
「夫も自分を責めました。自分が出張に行っている間に、自分が雇った男がしたことですから」
蛮さんの気持ちを考えると本当につらい。っていうかホントこの話つらい。
「アップを抱っこしながら、彼の病室に行って。意識が戻らない姿を見て帰って。それを繰り返して」
来斗さんが泣いていた。
俺も泣いていた。
「そして彼は亡くなりました。意識を取り戻したときに、ずっと謝罪していたと看護師さんから聞きました。好きになってごめんなさい。人妻を好きになってごめんなさい。無理やりしてしまってごめんなさい。本当にごめんなさい。そんなことばかりだったそうです」
レイプ犯のことを許せないほうがよかった。とんでもないクソ野郎が、最低な理由でレイプしてたほうがまだマシだった。怒りや憎しみが無いほうがつらいこともあるのか。
「そして妊娠していることが判明します。悩みました。本当に悩みました」
わからない。もうわからない。軽々しく、わかるなんてとてもじゃないが言えない。
「自分では何もわからなくなって、夫の言うことを聞くことにしました。夫はとにかく優しくしてくれました。大丈夫だ。問題ない。気にするな。いいじゃないか。気楽に行こう。そんなポジティブな言葉をかけてくれて私はすっかり元気になりました」
よかった。よかったと喜んでいいのだろうか。もうわからない。わかるわけがない。
「述が生まれてから、後悔なんて一度もしていません。だからレイプされたことも後悔なんてしません」
はい論破。
俺はここから反撃する言葉を持っていない。
仮に持っていても、それを口にするような男にはなりたくない。
バカなコメディ以外を書くのは苦手です。この異世界メモリアルが完結したら、もう書かないかもしれないですね。




