異世界メモリアル【9周目 第14話】
思っていたより早かった。
来斗さんの父親に会うときが、もうやってくるとは。
結構なラスボス感があったが、そうでもなかったらしい。
「やあ、述のお友達だってね」
「ロトと言います……」
無精髭、痩せぎすで高い身長、ぬぼっとしているが悪い人には見えない。
いや、こういう人こそがレイプなんてことをするんだろう。
突然ブチギレて、包丁を持ちだしてくる。そう思って彼を見ると、やったら超怖そうに思えてきた。
しかし、来斗さんの証言は怪しいところがいっぱいある。「待った!」を連発したいくらい、怪しい。
よって来斗さんはいない状態で、来斗さんの父親と二人きりで話す機会を伺っていた。
ところが。
「来斗さんのお父さんと二人きりで話がしたいんだけど」
「わかりました」
この会話だけで実現してしまった……。
沙羅さんのときのように、料理の頂点にいかないと会えないような存在だと思っていた。
まぁ、会いづらいのはこっちの都合ということだったようだ。
「ついに述にボーイフレンドが……」
「ああ……」
大事な娘に男が出来たら、こういう顔になるのだろう。
寂しさなのか、悲痛とまではいかないまでも、深みのある感情が伝わる。普通こうなんだよ。鞠さんの父親とは違いますね。
「キミがレイプしたんだね……」
「……いや、してないです」
「嘘をつかなくていいんだ」
「嘘じゃないですよ! してません!」
「ええ……?」
「ええ……?」
前言撤回。
普通じゃなかった。むしろ普通だと思っていた俺がどうかしている。
「レイプしろ、レイプしろって何度も言われたろ」
「言われましたよ」
「しなかったの!?」
「しませんよ! レイプってしてくれと言われてするものじゃないでしょ」
「うわー。キミ、やばいね」
「そうじゃなくて! しません!」
言われなくてもやるやつだと思われたよ。疲れる。
「……どうやらまともな人みたいだね」
「……まともだと思っております」
女の子の父親との初めての会話にしてはヤバすぎると思うけど。
「正直、述がまともな男を連れてくるとは思っていなかったんだ、すまない」
「……あ、はい……」
軽く頭を下げられる。確かに来斗さんが連れてくるような男は普通じゃない可能性が高いな。なんか納得しちゃったよ。こっちも来斗さんの父親なんてまともじゃないと思いこんでいたしな。
「キミはあれだな、なんでこうなったのか、を聞きにきたのかな」
「そうです。聞かせてもらえますでしょうか」
「……わかった。本当は述にも本当のことを知ってもらう時期だと思っていたんだ」
長い話になる。という合図なのか、お茶を口に含んだ。
俺もお茶をいただくことにする。
「うちの妻、つまり述の母親が言ってしまったんだ、述に。あなたはレイプされて生まれた子供なのよって」
「なるほど……いや、なるほどじゃない! え? マジなんですか?」
「マジだが……」
「ええ!?」
このおっさん、話が下手すぎるだろ!
待って待って、待ってくれ……。
「来斗さんのお母さんは……」
「ああ、妻はフライだ。国際結婚でね。ちなみに私は蛮という」
「……フライさんは、レイプされたんですか」
「そうだ」
「誰に」
「犯人に……もう亡くなっている」
「そ、そうですか」
淡々と話してはいるが、とんでもない話だ。
「来斗さんの姉や妹は……?」
「私の娘だ。いや、述ももちろん私の娘だが、私に似てはいないだろう」
「そうで、すね……」
来斗さんの父親は白髪かと思ったが、どうやら銀髪であるようだ。
応接間に飾られた家族写真を見ると、来斗さんの姉と妹は銀髪。母親は金髪だった。おそらく来斗さんの髪の色はレイプ犯からの遺伝……くそっ。
少しでも冷静になるため、お茶を飲む。苦い。
「妻がレイプされたことはもちろん許せないことだったが、それよりも妻のメンタルをケアすることが大事だった。その結果、妻はレイプなんて大したことはないこと。虫に刺されたようなものだと思いこむことに成功した。だから堕胎もせず出産した」
……何も言えない。この蛮という男になにか言える男が言えるだろうか。いままで出会った誰よりも強い男なのかもしれなかった。
「述が幼稚園の頃に、母親に質問した。なんで自分だけ髪の色が違うのか、瞳の色が違うのかと。みんなもっと親と似ていると」
「そこでレイプを大したことはないものだと思いこんでるフライさんは、あっさりレイプされたからだって答えたわけですか」
「そうだ。もちろん、そのときは述は意味がよくわからない」
なんとなくわかってきた……。
「妻はレイプされることに鈍感になりすぎて、またレイプされそうになった。私はフェザー……述の妹が小学生にあがったタイミングで妻を実家に返した。その後、述は思春期を迎え、レイプで生まれたことを悲しむようになった」
「……」
なんとなく続きがわかる。
「私は妻にしたように、いや、それ以上の嘘をついた。レイプは愛情だと。大好きな人にしか、レイプしたいなんて思わないと」
「ああ……」
なんという方便。
馬鹿げた、本当に馬鹿げていると思っていた。知ってしまった今、もう何も言えない。
「とはいえ、そのうち本当のことがわかるだろう、と思っていた。だが、思い込みの激しいところは母親譲りなのか、レイプ願望はエスカレートする一方だった……。ただ、結果的にレイプされる可能性は低くなった。レイプしてくれと普段口にしていたら、レイプ犯でも躊躇するだろう」
確かにそうだ。
距離をとってしまう。
だから俺の攻略だってかなり遅れることになったわけで。
「正直なところどんどん母親に似てくる述を見ていると、レイプされないかという不安もあった」
レイプ願望が逆に悪い虫の虫よけになっていることもあって、言い出せなかったのか。
「そんなわけで今にいたるというわけだ……当然だが私は娘をレイプしたりしていない。娘たちのことを心から愛していると答えたら、そう思い込んでしまった」
「なるほど……」
よかった。来斗さんの姉や妹はレイプされていない。そしてみんな愛されている。
安心はしたけど、どうしたものか……。
お茶を飲み干して、息をつくと、同時に深い息が重なった。
肩の荷がおりた、のだろうか。
その荷物を俺は、代わりに背負えるのだろうか。
ついに明かされた来斗さんの真実。長かったですね……ほんとに。




