異世界メモリアル【9周目 第9話】
「やばっ、やばいって」
「いいから。隠れてろ、ロト」
ラッキースケベはいつもこういうイベントを引き起こす!
俺は別に「体が勝手に……」の選択肢を選んだわけでもないんですよ。
確実に男湯に入ったはずなんだ。
現状を確認しよう。
今は二年生の夏休み。
サッカー部の合宿中だ。
そして今は夕食前の入浴タイム。
露天風呂の大きな岩に隠れている俺。
そして、少しも体を隠そうとしない義朝。
「実羽さんと星乃さん、あの二人に見つかるのはヤバいだろ」
「そうだけど」
義朝ならいいのかというと、そんなことはない。
ただ、謎の不思議な力によって、肝心な場所はやたら濃厚な湯気によって見えなくなっている。これがこの世界の限界なんだろう。
「ほら、ここに隠れろ」
「無理だって、さすがに無理だって」
いくら義朝のバストが豊かだからといって、俺を隠せるほどでかいわけがない。単に顔をうずめるだけだ。気持ちいいが、二人に見られたらマズイ危険度がMAXに上がっている。
それだったらむしろ正々堂々と説明したほうがマシだと思う。
「すごい露天風呂だな!」
「すごい胸ですね……」
星乃さんと実羽さんだ……岩の影で声を殺す。
義朝が先に入ってきて俺を見つけ、今二人が服を脱いでこれから入ってくると教えてくれたのだ。
「お、義朝はもう露天風呂に入ってたのか!」
「あ、そーっす~」
ようやく俺から離れて、二人のもとに向かう義朝。バキバキした……じゃない、ドキドキした……。
「……やっぱりすごい胸ですね……」
実羽さんは元気が無い。いや、無いのは別の場所かな?
ま、俺はここで大人しく待っていることにする。体は勝手に動かないぞ!
「って、え~!?」
ぎりぎりで絶叫を小さな声にすることができた。
なぜか庭のところに鏡があるんですけど?
ちょうど俺の位置からみんなが丸見えなんですけど!?
ラッキースケベすげー!
ただし、肝心なところは見えない。いや、でも十分です。
「俺のなんて、星乃さんに比べたら大したことないな」
「そんなことはないさ! やはり筋肉があるから、プロポーションが違うな!」
俺からしたら、二人ともすっごいです……。
今鏡に写っているのは、体を洗っている実羽さんと、少しも隠していないで仁王立ちの星乃さんと、後ろ姿の義朝だ。お尻もすごい。
「あ、背中流しっこしません?」
「いいな! 三人でしよう!」
いいですね~。
足止めにもなると思ったのかな。
それはいいんですが、そこを通らないと俺は出られないんですけど?
義朝は基本的に頭は良くない。だが、そこが可愛いんだよなあ……。
まぁ、俺は鏡をのんびり見てればいいか……
いや!?
待て、鏡に写っているというのは、向こうから俺も見えるということでは!?
やばいやばい、俺が風呂を覗こうとしているとき、向こうもまた風呂を覗いているのだ……。
俺は水音を立てないように、静かに奥の方へ……こっちはサウナがあるんだっけ。
そうだ、サウナに入っておけばいいか。この後夕食までの時間を考えると、三人がサウナに入ってくる可能性は低い。いなくなるまでサウナに隠れる。暑いかもしれないが、大丈夫、俺には根性があるわ!
そっと扉を開け、中へ。
おっと、なかなかの暑さだ。湯気がむんむんとしている。
だが、俺は絶対に出ないぞ。三人がいなくなるまで、ずっといる。決めた。
「レイプされるんですね」
「うわー!?」
一番上段の奥に、来斗さんがいた!
いますぐサウナから逃げてえー!
「ここにいればそうなると思ってずっといましたが、正解だったようですね……」
なにやってんだこの人……
「密室だし、ここなら大声を出しても気づかれない……」
どっちかっていうと殺人事件が起きそうですよ。
来斗さんの好きな小説は推理小説なのだが、そういう発想にはならないらしい。
「気づかれない……ですよ……」
「来斗さん? 来斗さん!?」
急いで駆け寄る。熱い!
なにやってんだ本当にこの人!
いつから入ってたんだよ!
急いで抱きかかえて、サウナを出る。
抱きかかえたまま、とりあえず水風呂へ。
「くっ……」
ろくにサウナに入ってない俺には、水風呂は冷たすぎる。
だが、来斗さんの頬から熱が引くまでは……。
来斗さんは、くたりとしたままだ。
「義朝ー!」
大声で呼ぶ。
「ロト!? どうしたー!」
「えっ!? ロトさんが?」
「な、なんでいるのだ!」
二人にバレたがそれどころじゃない。
「飲み水を持って、水風呂に来てくれ! 来斗さんがのぼせてるんだ!」
「お、おう! わかった!」
「来斗さんが?」
「それは大変だ!」
十分に体が冷えたので、長椅子に寝かせる。
「義朝、ありがとう」
「おう」
口を開かせて、少しずつ水を飲ませる。飲むことはできそうだ……。
「ロトさん、代わります」
「ありがとう」
実羽さんはボランティア部の活動が長い。
介抱は彼女に任せたほうがいいだろう。
「ロト、ここは大丈夫だ!」
ポンと肩を叩かれる。今のうちに風呂から出ろと言うことだろう。
俺は軽く礼を言って、さっさと退散することにした。
後からわかったこととしては、どうやら男湯と女湯の表示を入れ替えたのが来斗さんで、俺が中に入ったあと、宿のスタッフが気づいて直したということらしい。
サッカー部で来ている俺たちと違い、文芸部の来斗さんは夕食前の休憩が長かった。
そこで犯行に及んだ、ということらしい。
それはまあいい。しかし問題は動機だ。
彼女にここまでさせるのは、何なんだ。




