異世界メモリアル【9周目 第7話】
「ロトさんは義朝さんをレイプしたいですか?」
「いや……それはないかな……」
「そうなんですね……」
「なんで悲しそうなの」
説明するまでもないだろう。彼女は来斗述だ。
デート中にレイプという言葉を使うのは彼女しかいない。他にいてたまるか。
しかも悪いことだと思っていない。
むしろレイプされたいと思っている。
長い黒髪をなびかせて、しずしずと歩く姿は正統派の美少女なのだが、言動がもったいない。
「きっと義朝さんはロトさんのことをレイプしたいと思ってますよ」
「思ってないよ!」
来斗さんは難儀な人である。
レイプを愛情行為だと思っているのです。
これは父親のせいらしいので、あまり非難したくもない。
「そもそもレイプって犯罪なんだよ?」
「好きだったら犯罪くらいは」
「なんでよ」
舞衣もそうだったが、この世界の人は犯罪にたいして寛容が過ぎる。
「好きな人となら心中することもよくあるじゃないですか」
「日本文学ではあるあるかもしれないけど、普通はないです」
「死ぬよりレイプのほうがいいじゃないですか」
「それはそうかもしれないが」
極端なのよ。
あと動物園で言うことでもないのよ。
「ほら、ゴリラだよ」
普通の会話に戻すべく、指をさす。
「強そう。襲われたら絶対抵抗できないですね」
普通の会話失敗。
諦めずに行こう。
「ほら、ポニーもいるよ」
「ポニーでも馬並みなんですかね」
「キリンだ、キリン」
「キリンってオス同士で交尾するらしいですね」
諦めよう。
ダメだ。
動物園と来斗さんの組み合わせだと相性が良すぎる。
「ふれあい広場に行こう」
うさぎとかモルモットとかを触れる場所だ。
小さなお子様も多くいるが、さすがにここではレイプなんて言わないだろう。
「かわいい」
「かわいいね」
膝にうさぎを乗せる来斗さんは、非常に可愛らしい。ずっとこうであって欲しい。
「あっ」
うさぎがぴょんと俺に向かってジャンプ。
捕まえようとした来斗さんが、俺に向かってジャンプ。ジャンプしなくていいよ。
「あ~」
うさぎを捕まえた来斗さんが俺に突進。そうなると思っていました。
「レ」「言わなくていいです」
近くにいる幼女に聞こえないよう手で口を塞いだ。
ちなみに押し倒してるのはそっちですよ。
だが、これはラッキースケベ発動の影響なので、来斗さんが悪いわけではない。
「むぐむぐ」
体を動かして、より密着させてくる来斗さん。やっぱりわざとなんですか?
「あの、どいて欲しいんですけど」
「むぐむぐ」
しゃべれないからしょうがないみたいな。なんでよ。
お子様連れのお母様方の視線が痛いのですけど。
しょうがない、手を離すか。
「犯される~」
失敗だったか!
再度口を塞いで、その場を離れる。連行だ、連行。
周囲に誰もいない芝生の上に連れて行く。
「来斗さん、一般のファミリーの人たちに迷惑かけちゃダメだよー」
「ごめんなさい」
そう露骨にしょんぼりされちゃうと罪悪感が。
「でも、あの子達もきっと親にレイプされますよね」
「されるわけないでしょ……」
いくらなんでもぶっ飛び過ぎだよ発想。
文芸部だからっていっても。
「でもお父さんが」
「あー」
女には酷いことをしたい、愛する人にはレイプしたい、それが男だっていっつも言い張ってるというお父さんな。
「そもそも俺とかクラスメイトの男子も先生も、別に来斗さんに酷いことしないよね」
「表立ってするとまずいから、影でしてるんですよね」
「してないよ」
「ロトさんも舞衣ちゃんや義朝さんに酷いことしてるのでは」
「してないよ!」
こんな小春日和の、うららかな日差しを浴びて、動物園の芝生の上でする会話じゃないなー。
「殴らないの?」
「殴らないよ。なんで殴るのよ」
動物園の動物でもそんなことしてないよ。
しかしちょっと気になることもある。
「来斗さんって、お父さんに殴られるの?」
「殴られます」
「どんな感じで?」
来斗さんは虐待されているようには見えない。
顔など見た目でわかるような場所に傷がついていることは今まで一度もなかった。
なので悲壮な印象を受けたことはないのだ。
腹とか殴られてるんだとしたらどうしよう。
「こんな感じです」
「へ?」
ゆっくりと頬にパンチ。スローモーションみたいに。
小学生男子がふざけて遊んでるような。
「おらー」
一応振り抜くらしいが、別に痛くはない。
なんだこれ。
「痛くないね」
「痛くはないです」
「あ、そうなんだ」
酷いことと言われていた割には、そんなに酷いことではなかった。
痛い目にあうと言ってた気がするが、痛くないらしい。
安心っちゃ安心だ。
ちょうどお昼だし、ランチタイムにするか。
俺はサンドイッチと紅茶の入った水筒を渡す。
「お父さん、なんでこんなパンチを?」
「レイプされたいって言うとされます」
「あ、そう……」
だとしたら寛大な処置だった。
来斗さんのお父さんも大変だな。
サーモンとクリームチーズのサンドイッチをかじる。我ながらウマい。
来斗さんは両手で紅茶を静かに飲むと、少し顔をキリッとさせて俺を見る。
「やっぱり酷いことじゃないですよね?」
「うん。別に酷くないね」
「やっぱり……」
なにこの会話。
「お父さんは酷いことだって言うからそうだと思っていましたが、やっぱり別に酷いことではない」
考える来斗さん。
俺も考える。
つまりお父さんは酷いことはしていなかった。
姉や妹にレイプしているというのも真実ではないのではないか、と。




