異世界メモリアル【8周目 第28話】
「てんせーちゃんは、誰かを好きになったりしない」
天星はそう言ってうつむいた。どうやらサイコロックがかかってる。
「男同士のカップリングが好きなだけで、てんせーちゃんが男と付き合うのはヘン」
「さっき、普通に、俺のことを男として好きだって、言ってくれたじゃないか」
ムジュンを突きつける俺。
「そんなわけない。やっぱりそんなわけないの」
首を振る天星。どうしちゃったのだろう。
頑なに心を閉ざしている。
「お父さんやお母さんだって……」
やはり親の事情は気になっているらしい。
俺は彼女の両親の事情を知っているが、天星は同性愛者だと思っている。
この証拠を突きつければいいのだろうか。
「それは違うよ」と思う。
仮に本当に彼女の両親が同性愛者だとしても、何も変わらないはずだからだ。
そんなことは関係ないんだ。
親が同性を好きだろうが、異性を好きだろうが、どっちも好きだろうが。
そんなことは娘の恋愛事情になんら影響を与えるものではない。
「俺は、天星が好きだ」
でも彼女の考えを無理やり変える必要など、ないのではないだろうか。
勇気を出して、俺の気持ちを伝える。
それだけでいい。
うつむいたままの彼女に、俺は言葉を続ける。
「もちろん、女の子として好きだ。かわいいし、魅力的だ。正直、えっちな目で見ちゃうことも多い」
天星は少しだけ顔を上げた。表情はまだわからない。
「でも、それだけじゃない。前にも言ったことがあるけど、きっと俺が女の子だとしても。もし天星が男だとしても、やっぱり好きだと思う」
また少し顔を上げた。眼鏡に光が反射して、その中は見えないが、口はきつく閉じられている。
「てんせーちゃんも好きだ。画領天星という天才の生み出したキャラクターのてんせーちゃんも、俺は大好き」
俺は目を瞑った。彼女の表情を伺うのはヤメだ。俺の気持ちにだけ向き合えばいい。
「ラジオパーソナリティとしても好きだ。いつ聞いても大好き。大ファンだ」
本当に大ファンだ。もはや生きがいのひとつだ。聞けなくなるくらいなら、攻略したくないくらいに。
「芸術家としても尊敬している。写真も好きだけど、イラストや漫画も好きだし、お芝居やスタイリストなんかもできて完璧すぎると思う」
厳密にはこの8周目で芝居をしているところは見たことがないが、しょっちゅうミニコントをしているので違和感はないだろう。
「つまり?」
「え?」
ひとり語りをしていたら、突如詰められるような言葉。
うまくいってると思っていたので、びっくりしてしまう。
「つまり、どういうつもりなんですか」
声が冷え切っている。
彼女からこんな声を聞いたことがない。
俺は、攻められているのか。
それとも、怒られているのか。
あるいは、絶望しているのか。
それがわからないくらい、感情が見えない。
「全部だよ。全部が好きってことだよ。とにかく大好きだってことだよ」
必死で。
本心で。
それしかない。
理屈じゃないってことを。
真心だってことを、伝えたい。
言葉だけじゃ、足りない。
俺は、両手で彼女の手を包みこむ。
「俺は、女の子としても、1人の人間としても、それ以外にもいろいろな観点から見ても、画領天星が好きだ。好きだからもっと一緒に居たい。好きだからもっといろいろなことがしたい。好きだから……キスがしたい」
伝わるだろうか……。
祈るような気持ちで、彼女の目を見る。
「ぷっ」
ぷっ?
ぷって何?
この緊迫した状況で。
「ぷっ、くくく。な、なんでせうか、それは。結局ちゅーがしたいんじゃないの、も~」
「な!」
ここで、てんせーちゃんに戻るか!?
真心を込めすぎて、本音が出たのが裏目になったのか?
「あっははは。ふっふふふ」
そんなに笑うかね。
これだけ大真面目に、愛を叫んでこれか。
肩透かしにもほどがあって、どうしていいかわからない。
やっちまったのか。
さようなら8周目。9周目こそ、天星を攻略しよう。
「はー。バカみたい」
「どうせ俺はバカだよ」
知ってるよ。
学力のステータスがどんだけあがったって、俺はバカだ。
「てんせーちゃんとか、天星とか、男とか、女とか。ばっかみたい。わたし」
「え?」
「好きなものを好きだっていうのが一番大事だって、わかってたつもりなのに。やりたいことを、やればいいって思ってたのに。なりたいものになればいいんだって、そう考えていたはずなのに」
全然理解が追いつかないが、天星は背中を伸ばすと眼鏡を外して涙を拭った。眼鏡をかけてても可愛いけど、外すとまた違う魅力があるな……。
「なのに、男として好きなのか、人として好きなのか、いいことなのか、悪いことなのかって考えちゃってた。ずっとそんなことばっかり。柄にもなく、真実の恋とか、本当の愛とか、そんなことを考えてた」
……考えることは悪くないと思うけど、それがツラいことなら、やめて欲しいと思った。
少なくとも、今の彼女の表情の方が良い。
天星には、雲ひとつ無い晴れやかな顔が似合う。
「やっぱロトのこと、好きだな」
「お、俺も――んぐ」
手を握り返されて、唇も塞がれる。
一瞬じゃなく、しばらくの間。
ただうっとりとするだけの時間。
「ぷは」
「……」
久しぶりのキスだ。天星とは初めて。
「どう?」
「どうと言われても……なんで?」
「なんでって。キスしたいっていうから、してあげたわけですよ」
「ああ……ありがとう?」
「どういたしまして?」
二人して小首をかしげ、そして、笑いあう。
「なんだそりゃ」
「ロトがキスしたいなら、させてあげたいなって思ったのYO!」
「そうかYO!」
「そうだYO!」
やわらかな、あたたかな、ひだまりのような空気。
やっぱり、好きだな。
「どうでもいいことだったんだなあ。好きだから好き。一緒にいたいから一緒にいる。それでいいんだ。関係性がどうとか、そんな言葉はいらないんだ」
「関係性?」
「そう。友達とか恋人とか、友達以上恋人未満とか、いろいろあるじゃない」
「ふむ」
この世界では、関係の表現は難しい。
少なくともエンディングを迎えるまで、正式な彼氏彼女にはならない。よって誰とデートしても浮気にもならない。ただし浮気してなくても爆弾は爆発する。
攻略対象という言葉は非常に無骨だが、俺はもはやロマンティックだと思っている。ただし、ここで口にする言葉ではない。
「ロトは、どんな関係になりたい?」
「え? あえて聞くの?」
「あえて聞く。今までモヤモヤしてたのが悔しいから」
んべっとわざとらしく舌を出したのが可愛いので、俺も可愛く答えようかな。
「ラブラブな関係」
「うわ、なにそれ!」
「嘘偽りない本当の気持ち」
「やっぱロト氏は最高ですな!」
「光栄でござる! いざ、ラブラブ~!」
「しょうがないにゃあ……」
お互い、体を抱きしめて。
お互い、唇を求めて。
その日、我が家のリビングで。
もし誰かが見ていたら、恥ずかしすぎて死ぬような光景を楽しんでいた。




