異世界メモリアル【8周目 第27話】
バレンタインデーの放課後に、チョコを貰いに行く行為ほど情けないものはない。そうは思わないか。
今俺は、実羽さんの心がこもり過ぎてるチョコと、舞衣の義理チョコにしてはあまりにも立派なチョコを持ちながら、教室で夕日を眺めている。
「……どうすりゃいいんだ」
天星が来ない。
チョコをくれないわけがない。うぬぼれではない。親密度はわかっているのだから。
最新の状況はこう。
【ステータス】
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文系学力 878(+512)
理系学力 979(+504)
運動能力 881(+511)
容姿 943(+550)
芸術 1002(+601) アイテム+10
料理 131(+20)
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【親密度】
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来斗述 [ライバル]
画領天星 [ロト×てんせーちゃん]
舞衣 [舞衣は次で大丈夫だよ]
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ついに、ついにロト×てんせーちゃんになったんだ。
これでクリアできないわけがない。
ここから実は料理が必須でした、残念!
というクソゲー展開がないとも限らないが、さすがにないだろう……。
しかし8周目は本当にずっと不安だが、今が最高潮だ。超不安。
一緒に帰ろうと約束などしていないから、ただ待つしか無い。
天星から俺に渡しに来るに違いない。違いないのだが……。
ううむ、トイレに行きたくなってきた……。
しかし自分の席にいないと、入れ違いに……。
でも、もう日が沈んでしまいますけれども……。
はっ!?
俺は勢いよく立ち上がった。
「待ってろ、天星!」
わかった。
また攫われたんだ。
そうだ、そうに違いない。
そういう理由でもなかったら、俺にチョコを持ってこないわけがない!
ごめんよ、天星。攫われたことに気づいてやれなくて……!
勢いよく教室を飛び出して……そして、すぐにすっ転んだ。
「あれえっ!?」
なんと、天星は廊下で立っていた。教室の壁を背にして。
「……!」
俺を見るなり、天星は逃げ出した!
なんで!?
一瞬、追いかけることを躊躇するが、すぐに駆け出す。
誰もいない廊下で、運動能力881の足から逃げられるはずもなく、彼女は俺の胸の中に。
「な、なんで?」
なぜずっと待っていたのか、なぜ逃げたのか。
それよりももっと、疑問なことが目の前に。
小さく震える天星は、なぜか大粒の涙をこぼしていた。
「なんで、バレンタインデーにチョコを持って泣いてるんだよ、天星……」
まるで、失恋した乙女じゃないか……。
もうすぐエンディングを迎えて、結婚して、一生愛し合うことになるはずなんだぞ……きっと。俺はダイジェストしかわからないが、君は実感を伴った幸せな時間を過ごせるはずなんだ……。
なのに、なんで。
なんでチョコレートを抱きしめながら、泣いているんだよ。
「いいのかなって」
「え?」
「いいのかなって!」
それだけ言うと、俺の胸を濡らした。
ここにいても、しょうがないな。
「……お風呂、ありがと」
「お、おう……」
家に連れてきた天星は、顔が泣きすぎてぐちゃぐちゃということで、シャワーを浴びることに。本当はトイレを我慢できなかった俺がちょっと漏らしてしまったので、天星のスカートも汚れていることに気づいたから、こっそり洗濯するためだけど。
とりあえず、パウダールームにある舞衣のパジャマを着せることにしたのだが……。
胸のあたりがパンパンです。はちきれそうです。
いかん、それどころじゃないんだよ……そんなことを考えている場合では……。
「……えっち」
「ごめん!」
どうしても!
どうしても目が!
違うんだ、これは俺じゃない。俺の目が言うことを聞いてくれないんだよ!
「ふふっ」
しかし天星に笑顔が戻った。
すべて俺の作戦どおりです。
「あ、先にもらっちゃった」
あたたかいココアを淹れたマグカップを渡すと、やわらかく笑った。
ホットチョコレート、という意味だろう。
別に意識したわけでなく、あたたまると思ったからなのだが。
それにしても。
「……なに?」
かわいい……。
髪をおろし、メガネを外し、舞衣のパジャマ姿で、落ち着いたテンションで、普通の女の子の言葉遣いの天星……まるで別人だ。
「また新しい天星の魅力を知っちゃったな」
「……これが本当のわたし。地味で、つまらない、自信のないわたし」
「……え?」
「だから気持ち悪いオタクの真似をして、キャラクターを身にまとって、そういう人になりきってた」
「……」
確かに、てんせーちゃんは妙ちきりんな行動と発言、癖の強いアクのあるキャラとしてみんなに認識されているとは思う。
しかし、誰からも嫌われているようなことはない。
「男に興味ない。男性同士や女性同士の方が尊い。そういう設定だったのに」
「設定って……」
どうやらこのペルソナの話、終わっていなかったらしい。
やっぱり、彼女の両親がセックスしていることを言わなかったのがいけないのでしょうか。それが攻略のカギになるギャルゲーなんておかしいと思っていたのに、俺の見積もりが甘かったんでしょうか。
「普通に、男として、ロトが好きだよ……どうしよ……」
またしても、涙を流し始める天星。
親密度が最大値になったとき、一番苦しむ女の子がいるなんて、想像もしなかった。
好きだと言われて、こんなにせつない気持ちになるとも思わなかった。
選択肢なんて、そんな生易しいものじゃなかった。
これは、彼女の気持ちとの戦いだ。




