異世界メモリアル【8周目 第22話】
「じゃあ、話してあげようか。てんせーちゃん……我が娘、画領天星のことを」
「え。いや、寝てからにしません?」
「キミが頑張ったおかげで二徹で済んだからね」
「いや、もう死ぬほど眠いのですが……俺は四徹なんですが……」
「じゃあ濃いめのコーヒーを淹れてあげよう」
「……それはどうも……」
鼻の上を揉んだり、こめかみを押したりして、あくびを噛み殺す。
インスタントコーヒーは、ただひたすらに苦いだけの水だった。
出されたマグカップは女の子同士がキスをしているイラストがプリントされていたが、この二日間でそのことに違和感がまったくないくらいにはなっていた。
もともとBLは理解できないが、百合はわかるんだよね。
むしろ俺が男じゃなくて女の子だったら、星乃さんをまっさきに攻略しているだろう。
お姉さまとしてお慕いしたい。てんせーちゃんが生徒会選挙のときに描いてくれたポスターを思い出す。
あれはこの父親の影響だったのだろうか。
その父親は、ミルクの入った紅茶を飲んでいた。俺もそっちがいいんだけど。
カップをソーサーに置く音の後で「もう何年前になるか……」と話し始めた。
絶対に眠ってはいけない昔話が始まったぞ。俺はほのかに椅子から腰を浮かせて、いわゆる空気イスという状態になった。無論、運動ステータスを向上させるためではない。
「私たち夫婦が結婚する前。私たちには、共通の友人達がいた。私の百合漫画の大ファンの女性と、彼女のBL漫画の大ファンの男だ」
「……」
そういう人もいるのだろう。
むしろ百合は本来、女性向けコンテンツのはずだ。
BLはしらんけど。
「百合が好きだからといって、それはそれ。BLも同様だ。その二人は、喧嘩ばかりしていたが、私たちが思っていたとおり付き合うことになり、結婚して娘が生まれた」
てんせーちゃんは養子であると聞いている。つまり……。
「その娘が?」
「そう、天星だ」
BL好きな父親と百合好きの母親っていうのは、あながち嘘ではなくて、本当の両親がそうだったということか。
「天星は、男の子なのか女の子なのかわからないくらい天使で、女の子の服を着せれば女の子。男の子の服を着せれば男の子に見えた」
赤ちゃんってそういうもんなのでは……と思いつつも、てんせーちゃんが赤ちゃんだったときのことを想像するだけで顔が緩んだ。目と眉には凛々しさもあるから、さぞカワイイのだろう。
「俺と彼女はすっかり天星のファンになってしまい、よく友人宅を訪れた」
「へえ……」
「なんせ両親が俺たちの漫画のキャラクターのコスプレをさせるからな。赤ちゃんが自分のキャラのコスプレしてるんだぜ? 可愛すぎて死ぬね。女の子の赤ちゃんにタキシードコスとか天才の発明だな」
「……写真、あります?」
「もちろんあるとも」
「後で見せてくださいね」
BLには興味ないが、男装コスプレ赤ちゃんてんせーちゃんはカワイイだろ。魂を賭けてもいい。
脚がパンパンになりはじめたので、座った。
もう眠くないからね。想像だけで眠気が無くなるほどカワイイ。
「頻繁に会うことになった俺たちだが、お互いの漫画にはまったく興味がない。よってそれ以上の関係にはならなかった」
てんせ―パパは、紅茶を美味そうに啜った。砂糖とミルクをたっぷり入れており、相当うまいらしい。俺は眠気覚まし用途のためか、ただ苦いだけ。優しいのか、優しくないのか……。
「しかし俺たちが遊びに行った際に、二人で買い物にでかけた先で事故に会い、そこで帰らぬ人になった。本当に不幸な事故だった……」
……苦い。本当に苦い。
「天星を引き取りたい、という親戚はいなかった。渋々手を挙げる爺さんの姿を見て、冗談じゃないと思った。こんな天使を嫌そうに抱っこするような男にやれるわけがない。だから俺が引き取ると言ったのだが、当然赤の他人には預けられないという話になる。夫婦なら養子にしてもいいが、独身の男になんぞやれるかと」
なるほど。
そこで偽装結婚をしたというわけだ。
同性愛者同士がてんせーちゃんを引き取るためだけに体裁を整えるために。
「そこで俺はかねてより思いを寄せていた彼女にプロポーズした。天星を引き取るという言い訳があったから勇気を出せたのかもしれない」
「ん?」
……アレ?
いや、おかしくないのか。
そういやこのパパは女の子が大好きなわけで。
女装しているために美人に見えるが、妻を愛しているようだった。
まぁ、片思いというやつだ。
そこで偽装結婚をしたというわけだ。
好きでもない男との結婚を、てんせーちゃんを引き取るためだけに。
「実は彼女も俺のことを好きになっていた。お互いの漫画にはまったく興味がないが、お互いのことは好きになっていたんだ。それはいまも変わらない」
「んん!?」
あっれー?
なんで俺はこのクソ眠いのにノロケ話を聞かされているんだ!?
っていうかだったら……いや待て。
好きっていうのはアレだ、性的な意味じゃなくてプラトニックラブなんだ。それだ!
だから女装なんだな。納得です。
「しかし俺たちは、天星という天使のような養子がいる。だから……」
だからそういうことはしなかった……愛情はあるけど、あくまで仮面夫婦。
ペルソナをかぶった夫婦の誕生か……。
「だからと思って、俺は避妊手術をしたのだが、彼女もしてしまって。どっちかなら人工授精とかやりようがあると思ったが、お互いがやっちゃったからね。もう無理だね。天星が大きくなったら妹を作ってあげて美人姉妹にしたかったのに」
「ええ……」
思っていたのと違った。いろいろと思っていたのと違う。
「そもそも、その、そういうことはしてるんですか?」
「セックス? してるよ。ガンガンしてるよ。妊娠しないから尚更やりまくりだよ」
「ええ……」
手で下品なポーズを作りながら、悪びれもせずに言った。
見た目は上品な美女なので、本当に下品です。ドン引きです。いろいろとドン引きです。
「二人とも恋愛経験はなかったが、漫画の知識だけは異常にあるからマニアックかつ上級者なプレイが続いた」
「あー! あー!」
くそ、何を聞かされているんだ。
「しかも天星の本当の両親が残していったコスプレ衣装がたっぷりあったから、それはもう毎晩捗って捗って」
「あああああああああ!!!」
まじで、何を聞かされているんだ!
そもそも、そういうことなら何にも問題がないだろ。
てんせーちゃんの悩みは一体なんだっていうんだ。
「だったら、それをなんで娘に言わないんだよ!」
彼女は「両親はお互いを尊敬しており、パートナーだと思っています。仲はとてもいいです。しかし性交渉はしません」と言っていた。
そこも重要なポイントであったに違いない。
キレ気味にそう言うと、彼女……いや彼は、キョトンとした顔をして。
「実の娘にそんなことを言う親がいるか?」
……まぁ、普通言わないよね。
俺も両親からそんなことは聞きたくない。
「はー」
アホらしくなって、俺は目をつむる。
すぐに眠りに落ちた。
突然ですが、ときメモが好きな人あるある。
桜が咲くのは三月下旬と四月上旬だと思っているが、現実だと全然短い。




