異世界メモリアル【8周目 第18話】
「舞衣、俺を殺してくれ」
「な、なんでー!? どうしてそうなったの、ロトおにーちゃん!?」
定例のミーティングでやってきた舞衣は、いつものように元気で可愛らしい顔を見せていたが、俺の一言で一気に青ざめた。ほんと俺は死ねばいいのに。
「死にます」
「待って、待って。ホワイトデーのお返しらしきものを持って言うセリフじゃないよね!?」
そう。今は二年生の三月。8周目においては残り1年を切ったところだ。
ここでホワイトデーのお返しをすることが、事実上攻略相手を決定することになる。
今までずっとそうだったし、きっと今回もそうだ。
「だから死ぬ」
「わかんない、舞衣わかんないなー。落ち着いて~」
肩に手を置かれて、ぽんぽんと叩かれる。
しかし俺は落ち着いている。
「舞衣、何も俺は今すぐ包丁で刺してくれと言っているんじゃない。確実に死ぬバイトを斡旋してくれればいいんだ」
「ロトおにーちゃん、そういうことじゃないんだよ~。それならいっかーってならないよ~」
そうか。
どうやらちゃんと言わないと駄目みたいだ。
「俺はわかったんだ。死ねばきっとこの8周目と同じ条件で9周目が始まる。それが一番幸せなんだ」
「え……」
「今が一番幸せで、これ以上誰かに居なくなって欲しくないんだ……」
「そんな……」
悲しそうに目を伏せる舞衣。サポートキャラとしてはもちろん喜ばしいことではないだろう。
俺はつまり攻略するということから逃げようとしているのだから。
しかしこれが俺の出した今回の結論だ。もちろん未来永劫そうすると決めたわけじゃない。とりあえず先延ばしにしようということだ。
非常に情けない話かもしれないが、そういうプレイスタイルだって許されるはずだ。
「死ねば助かるんだ……」
「で、でもみんなロトおにーちゃんに幸せにして欲しいんじゃないかな?」
確かに成仏できていないということだから、今は幸せではないというようなニュアンスもあったが。
「てんせーちゃんは今のままで結構幸せなんだと思うんだ」
「うぐっ!?」
「来斗さんも別に不幸じゃないんじゃないのかな。むしろ妹さんなら攻略してもいいよ」
「むっ……やはり姉じゃなくて妹の方なんだ……」
「なんでちょっと嬉しそうなのかわからないが、お姉さんでもいいよ」
「あ、そうなんだ……」
複雑な表情の舞衣。サポートキャラとしては攻略対象じゃない女の子に興味を持つことに対して困惑もあるだろう。
「正直なところ、てんせーちゃんを攻略するつもりはあるんだけど」
「そうしなよー。それがいいよー」
「なんかこのホワイトデーのお返しをするのが後ろめたくて」
「なんでよー」
舞衣は困り顔だ。こんなに困惑している舞衣は珍しい。いや、自殺願望者を目の前にしたら誰でもそうなるのかもしれないが。
「だって俺が一番好きなのって舞衣じゃん?」
「うっ!? さらりとなんてことを」
「妹っていうことだったからまだ割り切りもあったけど、もう普通に好きになっていいわけじゃん」
「むうっ!? 直球すぎるし、ちょっと相談に乗りにくすぎる話題」
「本当に好きなのは舞衣なのに、舞衣とは絶対に離れ離れになりたくないからって理由でてんせーちゃんを選ぶのってなんか凄く悪い気がするんだ」
「うう……なんて顔をすればいいのか……」
目をぎゅうっと閉じている。サポートキャラとして一番困る話題なのだろう。この世界の欠陥だ。つまり好きになった順番に二度と会えなくなるという絶望的な設定。
じゃあ好きじゃない方からクリアしてくか……となりかねない。しかしそれでは本当の愛を教えるなんてことは出来るはずもない。
「だから死ぬしかないんだ」
「うぅ……死ぬことに対して決心が固い……」
「早く死なせてくれ」
「ちょっと待ってよ、うーん」
顎に人差し指をつけて考えているようだ。俺の気持ちはそうそう変わることはないぞ。
「てんせーちゃんのことは好きなんだよね?」
「好きだ」
「いつかは攻略するつもりあるんだよね」
「ある」
「じゃあ、攻略のヒントというか、もっとデートしたりして知った方がいいんじゃないかな」
「うっかりクリアしちゃうかもしれないから嫌だ」
「そ、そんな簡単じゃないよね」
「いや、意外とクリアしちゃうかもしれないし」
「いやいや、そんな甘くないってご存知でしょ」
「いやいやいや、ステータス高いし、色男だし、ラッキースケベだし」
「ラッキースケベは関係ないし」
「あ、やっぱりラッキースケベは関係ないんだ」
「あ」
しまった、とばかりにパーにした手を口の前に当てる。うっかりさんだな。しかし、だとするとやっぱりラッキースケベは単純に俺へのご褒美機能ということらしいな。この世界も捨てたもんじゃないぞ。
ただ全然舞衣には発生しないという大きな欠陥があります。
「舞衣は頑張ってるロトおにーちゃんが好きだなあ」
「死んでから頑張るよ」
「待ってよ~、よくないよ~。今ベストを尽くそうよ~」
「絶対に死ぬ! 俺は死ぬんだ!」
「うー、何か出来ることは……うーん。あ、そうだ」
ぽん、と手を叩くと舞衣は羽織っていたもこもこのルームウェアを脱いで、キャミソール姿になった。えっ?
「大丈夫? おっぱい揉む?」
「は!?」
ほぼ絶叫に近い声が出た。
何を言っているんだ!?
「死にたい気持ちになっても、おっぱいを揉んだら元気が出るって聞いたことあるから……」
「そ、そんな」
わけがないこともない。
確かにそれは否定できない。
というかこんな千載一遇のチャンスを棒に振るわけにはいかない。
「ありがとう、ありがとう」
「泣くくらい嬉しいんだ……どうぞ」
おずおずと胸を俺の顔に近づける舞衣……。
「生きててよかった」
「あぁ、本当に効果があるんだね。ちょっとびっくり」
俺もびっくりだ。
小さくても、下着越しでも、柔らかいそれを触っていたら、とりあえず生きていこう。
そういう前向きな気持ちになってきた。
「ラッキースケベはただの幸運だけど、こうして触っていいよって言ってくれるなんて……俺は、俺は……」
「ロトおにーちゃん、泣いてる……そんなに辛かったんだね」
いや、俺は今、本当の愛を知ったんだと思う。
愛される幸せを、伝えないと。
俺だけが幸せじゃ、駄目だ!
てんせーちゃんを幸せにしてあげなきゃ!
舞衣のおかげで、俺は本当に大事なことに向き合う勇気がついた。
舞衣が頑張らなかったら本当に8周目は誰もクリアしないで死ぬルートの可能性がありましたね。だってロトが納得できないんだもの。




