異世界メモリアル【第26話】
「ロト~、ここ教えてくれ~」
振り向きざまに教科書を見せつけてくるのは、寅野真姫。
2年生のクラス替えでクラスメイトになったのだ。
一番後ろの廊下側に俺の席があり、その前に座っている。
今は授業が全て終わったところ。
部活に行くもの、帰るもの。
ばらばらと人が散っていく時間帯だ。
「どれどれ」
俺も成績はそれほど良くないが、真姫ちゃんはよくこう言って教えを請うてくるのである。
彼女はいつも自然体で、一緒にいると楽で楽しい。
とびっきりの美少女なのだが、気取らない性格で緊張しない相手なのだ。
こうして勉強を教えたり、雑談をするのが日常の楽しみとなっていた。
癒やしの時間といってもいいくらいだ。
「ロトせんぱ~~い! 遊び~ましょぉ~!」
あっという間に癒やしの時間が終わってしまった。
スパーンと教室のドアを開けて入ってきたのは、あいちゃんこと自立歩行型人工知能の江井愛。
俺の魂の安寧を許してくれない存在である。
「勉強教えているからあとで」
しっしっと手で追いやる。
こいつがいると、ろくな事にならない。
「先輩が? 勉強を教える?」
「超難問みたいな反応をするな」
人差し指をこめかみにあててぐりぐりとしながら、目線を上にしている。
これでもかというほど露骨に疑問であることを表現するAI。
可愛いけど腹が立つ。
「ちょっと私の人工知能の性能では理解することが出来ませんでした」
「イヤミか、貴様っ!?」
もの凄いスピードで演算できる最先端のテクノロジーを持ってるくせに。
将棋をしたらプロ棋士にも勝つと聞いたぞ。
「先輩の成績や普段の発言から察するに、人に学問を教えることが向いているとはとても思えないのですが」
「冷静な分析をするな」
そんなことわかってるわい。
ただ、元バカだから教えるのがうまいっていう理由があるんじゃい。
「ここはですね、こうして図にするとわかりやすいですかね」
「なるほど! 超わかった!」
こいつ嫌い!
あっさりと教えやがって。
しかも超わかりやすく。
俺と真姫ちゃんのラブラブコミニュケーションチャンスが1つ減っただろうが。
「さぁ問題も解決しましたねっ、ところで先輩」
「なんだよ」
「さっきから寅野先輩の胸ばかり見てますけど、やっぱり大きいのが好きなんですか?」
どごっ。
俺は前頭部を机にしたたかに打ち付けた。
ほんと、こいつ嫌い!
「ロトはおっぱい大好きだからなぁ~」
真姫ちゃんがあっけらかんと答えたのが後頭部の方から聞こえた。
水着を買ったときに熱弁したからね、俺。
「ですよね~。私も大きくしてもらおうかな~」
顔が上げられない。
美少女の後輩とクラスメイトのおっぱいトークを前に、どんな顔をすればいいというのか。
話が変わるまで下を向いておこう。
「肉体の質感は相当リアルに出来てるんですけどね~。寅野先輩、触ってみます?」
「お~、小さいけど触った感じは普通におっぱいだな~」
俺の頭上でとんでもないイベントが発生している!
なんだこの女湯から聞こえてくる声みたいな……。
教室で美少女同士が胸を触りあうなんて、あっていいのか?
これが本当のギャルゲーなら、プレイヤーはこのCGを見ることが出来るのだろうか。
「お前も触っていいぞ」
「うっわ~、すっご~い! これが本物のおっぱい……」
もっと凄いイベントが発生した!
あの爆乳が今揉まれているというのか!?
見ようと思えば見れる場所で!
見たい! 見たいが、今顔を上げたらスケベの称号を得るのは間違いない!
ぐっと我慢して机に突っ伏したままの俺。
「ロト先輩も触ってみます?」
え、え、ええええ~~~~!?
思わず顔をガバっと上げてしまう俺。
そこには自分の胸を寄せて上げているあいちゃんが立っている。
ま、マジか。
マジなのか!?
「ま、マジで?」
「冗談ですよ、ホントえっちですね先輩は」
くっそ――――――――――!!!!
絶対許さないぞコイツ――――!!!!
心の中で血の涙を流した。
「ロトはエロいのか?」
真姫ちゃんがどちらにともなく質問した。
両手を組んで後頭部に当ててのけぞりながら、素朴な疑問とでも言わんばかりに。
むむむ。
この状況で全然そんなことないですよとは言えない。
どうしたものかと思案していたが、そんな時間は1秒も許されなかった。
「はい、とっても」
「おま、何を根拠にそんなこと言ってるんだぁ~?」
俺を即決で変態扱いした人工知能に対して、ついカッとなって反論してしまった。
そしてこの発言は後悔しまくることになる。
「根拠はですね……」
それから俺が普段どこに目線を配っているか、その際の表情の変化や呼吸と心拍数の変化などの説明が行われた。
いつ、誰の、どこを、どういう風に見ていたか。
具体的なデータを元に、いかにもAIらしいきっちりした根拠を述べ上げてくれたのである。
あまりにも的確すぎて何も言えない。
真姫ちゃんは黙って聞いていたが、ちらちらと俺を見ながら表情を変えていた。
好奇と侮蔑と好感が入り混じったような、何とも言えない顔である。
根拠の解説が終わると、机に座ったままの俺を見下ろして言った。
「はぁ。ロトは仕方ないなあ」
「はい、先輩は仕方ないです」
どうしてこうなった。
返してくれ、俺と真姫ちゃんとの癒やしの時間を……。




