異世界メモリアル【8周目 第13話】
「おかわり~」
強い。
てんせーちゃんは酒が強かった。
もうビールを何杯飲んでるかわからないが、さっぱり変わらない。
「つまりですな、普通は逆カプは許すまじという意見が多いわけですが、拙者に言わせてもらえばそれはそれで美味しいじゃないかという考えでありまして」
しかも、腐女子オタク感が増すばかりだった。
全然求めてない方向性だった。
「ロト殿はやっぱり攻めが基本かと思うのですが、がっつり受けというのもありかと思う次第です。もちろんオークとかゴブリンとか王道でもいいのですがー」
本当にそれは王道なのか?
しかし邪道もよくわからないので、俺は黙って枝豆を食うことしか出来ない。
そもそもそういう妄想を本人に言うのはどういうことなんだ。
なんで俺がオークに掘られなきゃいけないの? なんでそれが王道扱いなの?
てんせーちゃんのラジオの《MEGAMI☆てんせい》でもそりゃそういう話題は出てくるけどさ。
それでもエンタメとして割り切れるよ、うん。
でも、これはデートなんですよ。
しかもそのオークとかゴブリンに攻められる妄想の対象が俺なんですよ。どゆこと?
「ロト殿は男の娘に攻められるというのもありかと」
「なるほど」
そういうこともあるのか……。
「いやいやいや!」
なんで賛同しちゃったんだよ俺。
理解を示すなよ。
「ロト氏……素直になったらいいんだよ」
「いやいやいや!」
違うよ?
違いますよ?
「見た目はそうですなー。深窓の令嬢というような感じで。ロングヘアーでロングスカート。いかにも女の子な見た目です」
「……」
思わず想像してしまう。
てんせーちゃんはジョッキをテーブルに置くと、両手を組んでシナを作った。
「ロト君!」
お目々をキラキラとお鍋のしいたけみたいに輝かすてんせーちゃん。
どうやらコントが始まったらしい。
「どう、かな……ボク、美人に見えるかな……」
さすが芸術系ヒロイン、演技力たけえー!
ってか深窓の令嬢風のてんせーちゃんって、可愛すぎるー! なんでそうしなかった! 腐らせる必要なんてなかったんだよ!
「実は、ずっとロト君のこといいなって思ってて……変だよね。ボク、男なのに……」
「くっ」
困った顔で、悩みながら俺への告白をするてんせーちゃん……ヤバい。
実は男だったと言われても、もはやそんなことはどうでもいいと思っている自分がいる。
「ロト君の体、触ってもいい、かな……? だ、駄目だよね。やっぱり気持ち悪いよね。ごめんね」
「い、いいよ。別に」
何を言っているんだ俺は。
このコントに付き合う必要があるのか?
「ロト君って、男って感じ、だよね。たくましくて」
「お前だって、男だろ」
「ボクは、ロト君に比べたら、なよなよしてて女みたいで……ほら、女の子の格好が違和感ないでしょ?」
「まあ、な。めちゃくちゃ似合ってるぜ」
何をしてるの俺は。
なんでてんせーちゃんが演じる男の娘を褒めているの。
俺もいい感じにビールを飲んでいるせいだ。そうに違いない。
「こんな女みたいなボクだけど、ベッドの上では狼になっちゃうかも。いい、かな?」
「しょうがねえ、羊になってやるか」
「はい、オチたー! 落としましたよ! っていうか、っふー! 羊になってやるかだって! うっふー! さすがロト氏ぃ~!」
てんせーちゃんはパチパチパチパチと拍手してから、ジョッキをあおった。
「いや~、やっぱり相手がショタとか男の娘だったら受けで正解でしたな~」
絶対に間違っていると思っていたが、自分自身で正解を出してしまったのでもはや何も言えなかった。
「んー。でも、それは単にてんせーちゃんが可愛いからだけなんじゃないのかなー」
ほぼ負け惜しみ。
「では、もし。このてんせーちゃんが実は男だったら。どうするんです」
「んー。そりゃ悲しいよな」
「じゃあ、やっぱりさっきみたいに男のてんせーちゃんにせまられたら?」
「まぁ……認めたくはないが、受け入れてしまうだろうな……」
悔しいが。
悔しいにもほどがあるが、仕方がないね。認めよう。
ん?
「ま、まさか! 実は男だったとか言わないよね!?」
ありえる!
ありえるぞ!?
「残念ながら、れっきとした女の子でござる」
「よかったー」
安堵して、ジョッキをあおる。
「しかしながら、もし男でも受け入れてしまうと言われたのは、本当?」
「てんせーちゃんじゃ、しょうがないだろう……」
丸い眼鏡越しに、くりっとした目が俺を捉える。
こんな顔で見つめられてしまったら、本音を漏らさざるを得ない。
「わかりました。話しましょう。この私、画領天星の身の上話を」
「えっ」
いきなり真面目モードになった。
なんで?
「私の両親は漫画家ですが、父がBL漫画家で、母は百合漫画家です。作品は作品ですが、実際に父は男性を性的対象にしていて、母は女性を。つまり両親とも同性愛者なのです」
え?
ビールいっぱい飲んでる状態で聞かされて理解できる感じじゃないんだけど?
なんだって?
「両親はお互いを尊敬しており、パートナーだと思っています。仲はとてもいいです。しかし性交渉はしません」
うーむ。
まぁ、それはそれでいいのではないでしょうか。
人の幸せはそれぞれですからね。
「つまり私は実の子ではなく、養子です。両親としてまったく何の問題もなく育ててくれましたし、感謝しています」
「うん……」
とりあえず情報を受け取ることしかできん。
「どうですか」
「どうですかと言われてもな……ごめん、そうなんだ……としか言えない。いきなりだし、酒の席だし」
あえてチーズをかじってビールを飲んだ。
「よかった」
「え?」
「やっぱり、ロトさんは思ったとおり、可哀想とは言わなかった」
「あ、うん」
てんせーちゃんは、俺と同じようにチーズをかじってビールを飲む。
「別に可哀想じゃないのに、幸せなのに。それでもこの話を聞いた人はみんな憐れむんです。それが嫌だったので、誰にも言わなくなったのでした」
「なるほどね」
そういうことか。
俺も1周目だったら言っちゃったかもしれないよな。
てんせーちゃんの場合、特殊な家庭の事情ではあるかもしれないが、ただそれだけのことだ。
虐待や暴力もなく、無関心でもない。
ひょっとしたら今までで一番幸福な家庭かもしれない。
「それに両親のことは大好きですから、悪く言われるのも許せません」
「うん」
偽装結婚だ、許せない。
そんなふうに言う人もいそうだな。
夫婦や家族のことは、当人たちが望んでいれば他人がとやかく言うことではない。幸せのカタチも人それぞれなのだから、夫婦や家族のあり方も人それぞれだ。
「だから、もし男だとしても好きだけど、女の子の方が嬉しいと言ってくれたロトになら教えてもいいなと思いました。あぁ、この人は本当に正直に本音を言ってるんだなって」
「バカなだけかもしれないぞ」
「バカは嫌いじゃないですよ」
ぱちんとウインク。
うん、男の娘でもいいや。てんせーちゃんは。
「さあさあ、もっと飲みませう」
「おう! おねえさーん、おかわり二つー! あとソーセージ!」
「てんせーちゃんにも実はソーセージが付いているのです」
「やめろ! てんせーちゃんは女の子!」
「くふふのふ~」
ようやく知ることが出来たことと、てんせーちゃんが元に戻ったことに安堵している自分がいた。
いや、真面目モードのてんせーちゃんも、可愛かったけど。




