異世界メモリアル【8周目 第6話】
「すまん、待ったか!?」
「今来たところです」
本当は結構待った。
なぜなら先に待ってろって言われているから。
そして今来たところですって答えろって言われているから。
星乃さんという人はスーパースターというか、英傑というか、まぁ不思議な人だ。
明らかに俺ではなく彼女が主人公なんだな、と思わせるカリスマ性がある。
デート場所やシチュエーション、ミッションなどを決めてくる。
決めてない部分は俺の選択肢を期待する、という「私をデートで満足してみろやぃ!」という態度。
まぁゲーマーとしては楽しいんだけど。
「ふふん」
ドヤァ!
と背中に大きく書いてあるようなヒーローポーズ。両手を腰に当てて、鼻を高くしている態度はタカビーなお嬢様のようだが、服装は初夏にふさわしい薄い水色のワンピース。
「褒めなさい!」
と言っていなくても顔に書いてある。
ふーむ。
「似合いますね。本当にキレイで可愛くて美人ですね」
「ははは、そうか!」
想定通り。
そういうだろうなーっと思った。
この方は生まれたときから絶賛しか浴びてきていない人生なので、美辞麗句では喜ばない。
「だからラッキースケベが楽しみです」
「なあっ!? や、やめろ。近づくなよ」
「いやいや、それは無理ですよ。デートなので」
「くっ……そっちからタッチするなよ……絶対だぞ……」
えっちなことについてだけ異常な防御力の弱さ!
沙羅さんから皮肉を言われてMとして覚醒していましたが、今回はSに目覚めそうですね!
しかし気をつけていただきたい。
俺は決して彼女が嫌がることをしているわけではないということを。
むしろ上手にやってくれと言われているのだから。
腕を組んで歩き出す。
星乃さんは横脇腹に俺の右腕をガッチリホールド。うっかり胸に当たらないようにしている。ここまでガードが高いと逆に闘志が湧いてきます。
ただ俺の容姿のステータスが彼女に見合っていない。
「すみません、ルックスがあまりよくなくて」
「なぁに、気にしないさ!」
多分本当に気にしていない。
そしてそんなことないよ、カッコイイよという下手な慰めもしない。
実際のところちょっと見た目がよかろうと彼女からすれば誰もが自分に劣る存在なので、どんぐりの背比べというところだろう。
それだけに星乃さんを攻略するのは難しいといえる。ステータスが高ければいいというわけではなさそうだが、低くてもいいという気もしない。
ラスボスって感じだ。
しかし、そんな完璧な存在がラッキースケベを恐れてブルブル震えている。
……かわいい……。
いたずら心がムクムクと沸かざるを得ない。
「最初に行く場所ですけど」
「うむ! どこに連れて行ってくれるのだろうか、楽しみだな!」
最終的には夕暮れの浜辺でハグすること。それはリクエストで決まっている。
ハグすることだけでも、彼女にとっては結構なハードルらしく、そこまでにいかに上手に盛り上げるかということを期待されてる。
よってハグよりも上のことが事前に起きるのをビビっているわけだ。
手を握るとか、腕を組むとか、そういうことは慣れているのだが、ちょっとでもえっちな要素が入ると駄目らしい。
「まずはそうですね、室内プールなんてどうでしょう。水着で仲良く触れ合いましょう」
「なんでそうなる!? 何かを狙っているだろう!?」
「ウォータースライダーとかもありますよ」
「絶対何かハプニングが起きそうだ!」
「スーパー銭湯でもいいですよ。水着をつけて混浴できるんです」
「水着なんか絶対着ないぞ! なにかの拍子に脱げるに決まっている!」
ふーむ。
そうですか。
絶対期待なんですけども。
しかし、勝手に起きてしまうラッキースケベを想像して顔を真っ赤にして恥じらっている顔が見れればそれで俺は満足だということはバレていないようだ。
「水着を着ないで混浴できる家族用の露天風呂の方が良いですか?」
「バカ! 変態! もう帰るからな!?」
怒り始めてしまった。
調子に乗りすぎたか……。
「星乃さんにはちょっと難しすぎましたよね。すみません」
「ぐぬっ」
「俺は結構デートいっぱいして経験値が豊富だからなんてこともないんですが、星乃さんはレベルが低いんですもんね」
「くっ……」
「思いやりが足りませんでした。俺ゲームやる時いっつもちょっと本気になりすぎちゃうところがあって。そうですよねー。星乃さんに《れいほう》を譲って俺は《はなぞの》にしないと勝負にならないですよね」
「よくわからないがものすごくバカにされていることはわかるぞ!」
どうだろう、この作戦。
凶と出るか吉と出るか。
超優等生で負け知らずの人生だから、手を抜いてやると言われるのは屈辱だろう。
しかし、そうでもしないとハグすらできない。
「補助輪をつけた自転車の練習みたいに、ちょっとずつ慣れていきましょうか」
「ぐむむ……そこまで言うならやってやろうじゃないか!」
俺たちは海岸に行き、靴を脱いで砂浜へ。
「手は触れますよね」
「当然だ。握手は挨拶だからな!」
とりあえず手を握り合う。
「じゃ今度は二の腕を触り合いましょう」
「に、二の腕……!」
「なんですか? まさか二の腕をエロい場所だと?」
「そ、そんなことはない!」
二の腕を揉まれる俺。
人生初の経験かもしれない。
「んー、やはり男って感じだな」
運動部の三年だったら、もっとムッキムキなんだけどな。
ま、別に筋肉を自慢したいわけではないのでどうでもいい。
「じゃ、今度はこっちから」
「……」
もみもみ。
運動能力抜群の彼女でも二の腕は女性らしい感触だった。
「ちなみに、女性の二の腕はおっぱいと同じもみ心地だと言われています」
「な、なんだと!?」
とっさに体を離した。
恥ずかしがりやさんだなあ。
「む、胸を揉むシミュレーション行為だったとは……!」
ぎゅっと目をつむって恥辱に耐える星乃さん。ちょっと弱すぎない?
なんか子供をいじめているような気すらしてきたよ。
「二の腕は二の腕ですよ、でもほら、ちょっと経験値上がった気がしませんか」
「なるほど、本物の胸を触らせる前に、練習という……って本番はさせないぞ!?」
「実績のロックは?」
「あ、ある……!」
「解除してみせましょう、俺が!」
「な、なんでそこはそんなに頼もしいんだ!?」
いつも頼もしさの象徴のような相手から、頼もしいと言われる気持ち。
誇らしいね。
こんな感じで、体を触り合っていたので、夕暮れになる頃にはスキンシップに慣れた。
「星乃さん、今日はよく頑張ったね、エラいね」
そう言って頭を撫でる。
「むっ!? むう……」
おとなしくなる。
褒め称えられることは多くても、こういう態度をとられたことはないだろう。
その予想はおそらく当たりで。
ゆっくりと抱きしめることに成功した。




