異世界メモリアル【7周目 第29話】
「肥ちゃん、あーん」
「……」
肥ちゃん……いや肥氏と呼ばせてもらおう。彼は櫛さんではなく、無言で俺を睨んでいた。
まあ、そうなりますよね。
「どうしても食べていただきたい料理がありまして」
「それがこれなのか」
「そうです」
「肥ちゃん、あーん」
「……」
意地でも櫛さんではなく、俺を睨む。
言いたいことが山程あるけど言えないのだろう。
「どうぞ」
「……」
この店の部屋は、畳敷きの個室で、向かい側に肥氏と櫛さん。
こちら側は俺と沙羅さんだ。
沙羅さんは黙って行く末を見ている。
そもそも沙羅さんは父親とまともに話したことがないので、緊張していると思う。
思うんだが、母親が「肥ちゃんあーん」とか言っておにぎりを食べさせようとしているので、もはやどういう顔をしていいのかわからなくなっている。笑うのを我慢しているようにも見える。
「あーん」
「どうぞ、召し上がってください。約束ですし」
俺がそう言うと、肥氏はプレッシャーをかけてきた。
まるで黒服のサングラスをかけた男が数人後ろにいるかのように。
「理由の説明が……あるだろう……普通……っ」
片手を上向きにしてゆっくりと続ける。
「確かに約束はした……しかし、いきなりすぎる……この状況……!」
ざわ・・・
ざわ・・・
ここで「大人は質問に答えない……」と言いたいのは山々なんだが、さすがの俺も肥氏には同情を禁じえない……というか俺ももう笑うの我慢するの限界だな……。
「食べ終わったら説明するので……! 時間が経つと固くなりますから……!」
「むう……」
美食家は味が落ちると言われると弱い。
「殺す気ではないんだな?」
「あ、ちゃんと毒味してます」
「ひどいよ肥ちゃん。はい、あーん」
「む、むう……」
結局恥ずかしがりながらも、おにぎりをあーんされるおじさん。
光景としては見たかったものではないが、達成感がある。
「もぐ……むぐ……」
「わぁ~」
赤面しながら握り飯を食べるおじさんと、隣で嬉しそうにぱちぱちと無音で拍手している美女。
そして妙な両親の状況を見てぷるぷるしている沙羅さん。
「で?」
「で、っていうこともないでしょう。初めて食べたんですよね、自分の妻の料理を」
「そうだな……」
まぁ、美味しくないとは言いにくいのだろう。
先に聞くか。
「櫛さん、どうでした」
「嬉しかったです。可愛かったし」
ぽわわ~っと幸せそうにする櫛さん。これを見れただけでもよかったような気がする。
「ふん……」
妻が幸せそうにしているのに面白く無さそうにする夫。ポリシーに反するからな。
「じゃあ説明しますよ」
三人とも黙りこくって俺の話を聞こうとしている。
「娘さんを僕にください」
「え!?」
「へ!?」
「いいわよ」
なんか雰囲気で告白してしまいましたが、すでにお義母さんと呼んでいた相手からは了承いただいた。
「すみません、脱線しました」
「いや、あの、いや」
肥氏は混乱した。どっちが優先順位が高いかわからなくなったんだろう。
間違えたな。
「話を戻しますと……」
「うむ……」
肥氏も結構許容してくれるよな。意外と優しいのでは。
「料理にはいろいろな目的があります。そのままでは食べることが出来ない食材を食べる状態にすること。すなわち生きるために栄養を摂取すること。これも料理」
「まぁ、それは調理と呼びたいが、いいだろう」
「そしてより美味を求めて研鑽する行為、これも料理」
「うむ。それこそが料理。スポーツや芸術と同じだな」
「そう、料理はスポーツや芸術と同じ側面がある」
一度ここで肥氏と価値観を共有する。
それがわからないというわけではないんだ。
俺だってゲーマーだから、ハイスコアを求めたり、コンプリートを求めたり、オンライン対戦で勝利することはとても大事なこと。
そして、料理のステータスを上げることも。
「アスリートが一分一秒のスコアを縮めるように、ピッチャーがボールを投げるスピードを上げるように、より旨いものを作る」
「そうだ、それを仕事にしているからな」
「もちろん料理研究家の仕事としての料理はそれでいいのかもしれません。プロ野球選手のように」
「そのとおり。妥協して遅い球を投げるピッチャーなどいない」
「そうかもしれません。しかしですね、どんな凄いピッチャーでも自分の息子とキャッチボールくらいするものなんですよ」
ようやく言いたいことが言えた。
もう何十年近く言いたかったんだ、これが。なのに先に「娘さんを僕にください」と言ってしまいました。
「本当のプロ野球選手なら、本番の試合で勝つことと、子どもたちに野球を好きになってもらうことは両立させる」
「しかしな」
「しかしもおかしもないんですよ! 料理ってのはね、愛情行為でもあるんだよ! 楽しくやるものでもあるんだよ! プロの将棋指しだって、楽しく自分の子供と将棋をするんだよ! 楽しくなければ意味がないんだよ! だから沙羅さんは将棋をしてたんだよ!!」
「ロトさん……」
「お爺さんが一緒に将棋をするように、あんたたちが一緒に料理を作ったり食べたりしていれば……」
沙羅さんはヒートアップする俺の腕を引いた。それ以上言わなくてもいいというように。
そうだな、別に過去を糾弾する必要はない。
だけど俺はここで言わなければならない。
この世界のように、ステータスをアップさせることよりも大事なことがあるってこと。なにより、この世界であっても楽しむことが大事だってこと。そしてゲームと同じようにいろいろな側面、いろいろな魅力があるってこと。
櫛さんの方を見ると、笑顔で頷いた。
続けていいよ、と言うように。
「別に料理研究家としての研鑽をするなとか、そんなつもりは全然ないさ。立派な仕事だよ。ただね、料理っていうのはただそれだけじゃないんだ。そんな狭くも浅くも無いんだよ。一緒に作って楽しかったり、一緒に食べることが嬉しかったり、作ってあげることが愛情だったり、それを食べてあげることが愛情だったりするんだよ。美味しいねって言わなくても、作ってくれてありがとうって言ってもいいんだ。そういう料理もあるんだよ!」
沙羅さんは、泣いていた。
櫛さんは、笑っていた。
肥氏は、目を瞑った。
「お父さんの料理なんて多少下手くそでもいいんだ、母親が一生懸命料理を作ってくれたら嬉しいんだ。愛する妻が料理を用意してくれたら、幸せな気持ちになる。そうだろ?」
言いたいことを言い終えた俺は、一息つく。
沙羅さんがそっと手を握ってくれた。
やがて、肥氏が目を開く。
「……櫛が、俺のために料理をしてくれるなんてな……」
肥氏は、ゆっくりと優しい声でそう言った。
「料理は俺がすればいいと思っていた……それが役割分担だと……仕事だと思っていたんだ。研究するもの、極めるもの……そういうものだった」
俺たちは黙って聞く。それぞれの表情で。それぞれの感情を持って。
「そうか……楽しく作って、喜んでもらえればそれでよかったのか……」
どうやら俺の言いたいことは伝わったらしい。よかった……。
一安心すると、櫛さんが彼の手を取った。
「ねえ、肥ちゃん。美味しかった?」
「む……いや、久しぶりに不味いものを食べた」
「あー! ひどい!」
「だが……」
「だが?」
「こんな幸せな気持ちになったのも、久しぶりだ……」
そう言って肩をくっつけた二人を見て、俺たちも、肩をくっつけた。
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