異世界メモリアル【7周目 第28話】
「沙羅さんの鮭のおにぎりはほんと美味しいな~」
「何言ってるんですか、ロトさんに料理で勝てるわけないでしょ」
このこの、と肘で肩をつっついてくる沙羅さん。
「そんなことないですよ、絶対沙羅さんの方が美味しいですよ」
うりうり、と握りこぶしで脇腹を触る。
「いいえ、ロトさんのツナマヨの方が美味しいです。少しだけ辛子が入ってるのが美味しいんですっ」
つんつん、ともぐもぐしている俺のほっぺたを押す。
「いやいや、沙羅さんだって鮭を西京味噌で味付けしてるじゃん、超旨いって」
なでなで、とその長い髪の頭を撫でる。
「あ、お茶のおかわり淹れましょうか?」
うっとりと頭を撫でられたあと、少し恥ずかしくなったのか、腰をあげた。
「あ、ありがとう。沙羅さんはお茶淹れるのも上手だから嬉しいよ」
「ロトさんのコーヒーには負けますけどね」
「ははは」
「ふふふ」
と、いつものように二人で楽しいお料理タイムをしていたのだが……。
「いつまで娘がボーイフレンドとイチャイチャしてるのを見せつけられなきゃいけないのかしら……」
沙羅さんの母親、櫛さんがいることをすっかり忘れていました。
我が家に招いて、ソファーでお茶を飲んで貰っている間に料理をしていたのでした。
「い、イチャイチャなんてしてません」
沙羅さんはそういうが、自分で振り返って考えるとイチャイチャしているとしか言いようがない。
新婚ホヤホヤみたいなことをしていたな……。
「ということはこれが普段ということね……」
「あ、あう……」
見事に墓穴を掘ったようだ。
うーん、母親の前で恥ずかしくなっている沙羅さんも可愛らしいな……。
しかし俺は言うぜ。
あえて攻撃に出るぜ。
「お義母さん。何を言っているんですか」
俺はゲンドウポーズで真面目な顔をつくる。
「これはお義母さんのためにやっているんですよ」
そう言うと、櫛さんは、一度きょとんと真顔になってから、徐々に顔を赤らめた。
「ま、まさか」
「そうです。これは、お手本ということです」
「ええ!? こんな恥ずかしいことをしろっていうの!?」
両手で頬を包み、前かがみになって腰をふる櫛さん。
こんな恥ずかしいことと言われてますます恥ずかしい沙羅さんも同じ行動をとった。親子ですなあ……。
「もちろん、おにぎりの具をつくる特訓と、握り方の特訓もしますけど」
櫛さんはようやくご飯をまともに炊けるようになった。三日かかった。
「相手はあの超ストイック料理研究家ですからね。普通に美味しいおにぎりを食べさせるだけじゃ、ちょっとね」
「だ、だからってなんでイチャイチャする必要が」
まだ抵抗するのか、この人は。
「お義母さん!」
「は、はい」
「お、お義母さんって……」
俺が平然とお義母さんと呼んでいることに、櫛さんは慣れたようだが、沙羅さんは目をぎゅーっとして手をぶんぶんしながら恥ずかしがっている。可愛いだけだから沙羅さんはほっとくことにする。
「自分が作った料理を娘が食べてくれたとき、嬉しかったですよね!」
「は、はい。それはもう」
それでいい、と深く頷く俺。
「で、羨ましかったですよね? 今の俺たちの様子」
「う……よく平然とそんな質問ができるわね……」
「俺は沙羅さんと一緒に料理を作って、料理を食べて、美味しいねって言い合える時間が幸福で幸福でたまらないんですよ。世界一幸せな男だという自信がある」
「くっ……あまりにも堂々としたノロケすぎてもはや反論できない……」
負けた……という顔をする櫛さん。勝ったな。
沙羅さんはうずくまってぷるぷる震えている。ほっとく。
「つまりですね、俺は別にイチャイチャすることを真似してくださいと言っているわけではなくて、周りからみたら羨ましいくらいに幸せな食卓にしてくださいと言いたいわけです」
「うーん……凄いわね、キミは……なんかこう、強靭な精神を持っているわね……」
この世界がクソゲーなせいで、精神が鍛えられているとは思いますね。
「つまり味だけじゃなくて料理の提供の仕方も大事ってことですよ」
「それはわかるわ……大事よね」
納得してくれたようだ。
「さ、じゃあ練習しましょうか。俺を肥氏だと思ってそこのおにぎりを食べさせてみてください」
「え!?」
「練習でできないことを本番で出来るわけがないんです」
「そうね」
櫛さんは、和風の皿におにぎりを乗せて、お茶の入った湯呑と、たくあんを二切れ添えて出した。
「どうぞ、お召し上がりください」
だめだこりゃ。
なんもわかっちゃいない。
「あのー、見てましたよね。俺たちのやりとり」
「み、見てたわよ。呆れながら」
「じゃあわかりますよね? こういう普通のお金を払って食べる店の接客をしてどうするんですか」
「む、むう」
「むうじゃないんですよ、料理は下手くそなんですから、提供くらいは頑張ってくださいよ」
少し厳しいかもしれないが、こういうことはちゃんと言わないとね。
「ほ、本気なのね」
「もちろんです」
「じゃ、じゃあ……」
コホン、とわざとらしく咳払いをしてから、髪紐をほどいた。
気合を入れたのだろう。
俺もソファーに座って、わざとらしく新聞を読み始めた。肥氏の芝居ということだ。
「ね、ねえあなた」
「ん~?」
俺はわざと新聞を見たまま答える。別に読んではいない。
「あの、おにぎりを作ったから食べて欲しいの」
「え? ああ……そういえばそういう約束だったな……」
「イヤ、なの?」
ソファーがきしむ。
隣に櫛さんが座ったのだ。
「イヤというかなんというか……」
気が乗らないという態度をとる俺。多分こんな感じだろ。
そもそも食ったら死ぬかも知れないと恐怖している可能性もあるが、ちゃんと特訓したことを説明しておく。
「あ、な、た」
耳元で、吐息を感じる言い方。ばくんと心臓が高鳴る。
新聞を奪い取ると、目の前におにぎりを持ってくる。
細くて白いきれいな手。
「はい、あ~ん」
こんなの拒否できるわけがない。
死ぬかも知れないとしても食う。沙羅さんの母親半端ねえな……。
「あーん、ん、うむ」
「おいし?」
「お、うん……」
「よかった」
安心したようにそう言うと、にっこりと笑った。
パーフェクトコミニュケーションだな……。
櫛さんの笑顔に心を奪われていると、サイヤ人じゃなくてもわかるほど強い気を感じた。ヤバい、なんかヤバいぞ!
「ロトさん……?」
どうやら今のやりとりを見ていた沙羅さんは、呆れるとか嫉妬するとかのレベルでは済まなかったようです。これは……殺気!?
俺は必殺の土下座を即座に実施、言い訳をきっちり言ってご説明。
「でもほら、お義母さんと仲良くするのはいいことじゃないかな、沙羅さん」
そう言って爽やかな笑顔を見せると、許してくれた。
6周目にイケメンを経験していたおいてよかったな……。




