異世界メモリアル【7周目 第27話】
「ま、マズイ……」
形容しがたき不味さだ。
味がないとか、濃すぎるとか、生臭いとかそういうことじゃなくて、単にマズイ。
どうなったらこうなるんだ。
料理が不味くなる魔法をかけていると言われたら納得するレベル。
「当然でしょう」
櫛さんは腕組みをして胸を張った。なぜ飯が不味くてここまで堂々とできるのか、逆に尊敬する。
「……」
「沙羅さん?」
信じられなくらい不味い味噌汁……味噌汁と呼んでいいかわからないが一応味噌が入っている汁物なので味噌汁だろう……それを口につけてから呆然としていた。
あまりにヒドイ味だから気絶しちゃったのかと心配するが、ゆっくりと具を口に運ぶ。
「懐かしい……」
懐かしい、か。
どれだけ不味くても、幼少のときに食べたおふくろの味は特別ということだろうか。
「あなた、覚えて……」
「思い、だした」
小さな雫が、沙羅さんの頬を伝う。
泣くほど不味いという意味では無さそうだ。
「この味、思い出した」
「最後に食べさせたのは二歳のときだったのに」
少しずつ沙羅さんに近づいていく、櫛さん。
「あなたはね、母乳はよく飲んでくれた。当然だわ、わたしが唯一上手に作れるのは母乳だもの。やがて離乳食を食べさせるときが来た」
俺と沙羅さんは、じっと櫛さんの話を聞く。
これはきっと大事なことだ。
「料理は俺がするからって、肥ちゃんは言ってくれた」
嬉しそうに、胸に手を当てて微笑む櫛さん。
っていうかあのおっさん、肥ちゃんって呼ばれてるの?
ラブラブだな……。
「もともとわたしは料理ができないし、料理のことがわからない。彼はそこがいいんだって言ってくれたの。ずっと料理のことしか考えてないから、わたしと一緒のときだけは料理のことを忘れられるんだって」
そういうバックグラウンドなんですねえ……。
だから料理ができないままなのか。
「だから肥ちゃんは腕によりをかけて作ったわ、離乳食を」
うーん、嫌な予感しかしないよ、肥ちゃん。
「全然食べなかったの。美味しすぎたのよ」
妥協せずに美食を極める男が腕によりをかけて作った料理が赤ん坊の口に合うはずがない。母乳との差が激しすぎるだろ。
「熱い方が美味しいからと冷める前に食べさせようとしたり、山椒をふったりするのを止められなかった」
止めてくださいよ。
離乳食ですよね?
なんで山椒ふっちゃうの?
小粒でもぴりりと辛いって言われてるものを離乳食で食べさせるなよ。アホなの?
ガムシロップを代わりにかけてもいいくらいですよ。
「でも市販のものを食べさせるなんて彼のプライドが許さなかった。でもいつまでも母乳を飲ませるわけにもいかない。わたしはこっそり自分で作って食べさせた」
肥ちゃんの暴走は止めることができず、隠れて手料理を食べさせていたわけか。
肥ちゃんめ……。
沙羅さんは味噌汁のお椀を持ったままうつむいて聞いている。表情をうかがい知ることはできない。
「食べてくれたわ……全然おいしそうじゃないけど、それでも食べてはくれた……」
悲壮感漂う姿だ。嬉しかった思い出を語っている雰囲気ではない。
「それが見つかってしまったとき、言われたの。そんな不味いものを食べさせるのは虐待だって」
かける言葉が見つからない。
確かに不味い。虐待と呼べるくらいに不味い。
それでもそこに愛はあったんだ。
「わたしは料理も出来ませんが、他の家事もまったくできません。無理に頑張ろうとしても虐待になってしまうかもしれない……そうなると何もできなくて……」
その結果がネグレクトになったということか。
ため息も出ない。
やるせさすぎる。
「結果、わたしたちでは子育てはできないということになって……」
「なんでそれを言ってくれなかったの?」
怒るでもなく、詰問するでもなく。
優しく、情に訴えるわけでもなく。
ただ淡々と問うた。
「言えるわけ無いでしょう。子供にそんなこと……情けない」
確かに情けない話ではある。
しかし伝えておくべきだっただろう。
少なくとも愛情は注ぎたかったのだと。
「バカじゃない……バカじゃない、バカじゃないの!」
沙羅さんはそう言うと、味噌汁を飲み干し、ものすごい勢いで煮物も食べ始めた。
炊飯器で炊いているのになぜか不味い白飯をかっこんでいる。
「不味い、不味い、不味い!」
文句を言いながら、箸を止めない沙羅さん。
「沙羅……」
うっすら涙を浮かべる櫛さん。
なんか俺も泣きそうなので、上を向く。
「でも、食べたかった。食べたかったよぉ」
「うん、うん……わたしも食べて欲しかった……」
抱き合う二人。
なんかもう目的達成した感じあるけど、これは道半ばだ。
しばらく見守って、涙腺も落ち着いた頃を見計らって声をかける。
「沙羅さんも食べてくれたことだし、肥氏にも食べてもらいましょう」
自然に元の話の方向へ。
「肥ちゃんがわたしの料理を食べたら死んじゃうと思うわ……」
……冗談なのかマジなのかわからない。
あのおっさんがコレ食べたら、本当に死ぬ可能性あるな。
「死なない程度に料理覚えましょう。おにぎりでいいですよ、おにぎりで」
「難しすぎないかしら……」
おにぎりの難易度高いのか……。いや、そうかもしれない……。
「洗濯をすれば洗濯機が爆発し、掃除をすれば部屋が洪水なんですよ?」
そんなわけのわからない自慢をされましても……。
その後、しばらく櫛さんに料理の特訓を行うことになった。
超天然の鞠さんを上手に操っていたという自信があったが、打ち砕かれた。この人どうやって今まで生きてきたのかしら……。




