異世界メモリアル【7周目 第24話】
「優勝おめでとう」
「ありがとうございます」
無事に世界一となった俺は、望比都肥に報告に来ていた。
俺にとって料理の世界一の称号など、本当にどうでもよかった。沙羅さんが喜んでたことが嬉しかったけれど。
正直なところ本当にレベルが違う。もし3周目くらいだったら苦戦していたかもしれないが、もはや余裕の優勝だ。
すでに料理のステータスが999に達しているので当然とも言える。これで勝てなければさすがにクソゲーすぎる。
よって別に感慨もなかった。
そんなことより。
「それで?」
「10年分くらい上達しているかと思うので、食べていただきたいなと」
「ほう?」
前に比べるとハードルが下がっている気がする。
ニヤニヤしているこの男から、蔑みだけではないものを感じられるからだろう。
優勝なんか通過点だ。この男に食べさせることのほうが重要。
「どれ」
どうやら食べてくれるらしい。
俺はお重を出して蓋を開ける。高級料亭のおせちの技術を活かしている。
様々な料理が美しく盛り付けられ、ごちそうらしさに溢れた自信作。
高級食材も使っているが、旬の野菜を中心にしている。
料理は12種類で、すべてB-SHOCKの時刻は11時を超えたものばかり。
どれを食べても確実に旨いはずだ。
「ふん……3年早い」
「ふふっ」
「なにがおかしい」
まったくだ。
一所懸命に作ってきたお重に手を付けてもらえないというのに。
しかしこの短期間で7年を縮めたことに喜びを感じてしまった。
やっぱり芸術のステータスが影響するのだと、手応えを感じて嬉しくなってしまった。
そしてなにより、この男のムカつく言い草がちょっと気に入ってしまった。
きっとこれでも大絶賛なんだろう。
「修行して出直してきます」
「これから冷えてくる。温かいものの方が良い。店のキッチンを使え」
「ふふふ」
「なにがおかしい」
おかしいよ。
だって3年待つつもりないじゃん。
2ヶ月くらいしたら来いって言ってるようなもんじゃん。
温かいってことは、もう次は口にするつもりだし。
店のキッチンを使えって優しいし。
「ありがとうございます」
「ふん」
その後、俺は修行に励んだ。
「どう? 美味しそう?」
「そりゃー美味しそうですよー」
「もっとなんか驚きみたいなものが欲しいな」
「ここにエロいイラストを置くとビックリですよ」
「そういう驚きはいらないでしょ。煮物だよ?」
そう、修行は芸術の修行。
よって沙羅さんではなく、てんせーちゃんと一緒にが相手だった。
見栄えのいい野菜の切り方や包丁の細工。そして、器選びと盛り付けだ。
「んー。もっとこう高さがあった方が面白いんじゃないかなー」
「なるほど」
料理の盛り付けは彩りだけではなく、三次元的な発想が必要だったか。
さっすがてんせーちゃんはセンスがあるよなあ。
季節の炊合せだがアスパラを立てて見ると、たしかにその方がいい。
たけのこを里芋に立てかけるように……
「どう? どう?」
「いいじゃないですかー」
「そっか、ありがとう!」
てんせーちゃんのお墨付きだ。
確かに、見るだけでテンションが上がる。
「……楽しそうですね、お二人とも」
「うわっ」
とっさに皿を隠す。
「仲良くお料理ですか」
「いやいやー。あちきには料理なんて出来ないよー」
ぱたぱたと手を降るてんせーちゃん。
空気を読みまくって雰囲気をまろやかにしようとしてくれているんだと思うが、沙羅さんはずっとマヒャドを唱えているみたいです。
怖い。
「ではではー」
大きな胸を揺らしながら愛想笑いで料理室を出ていった。
その様子を見送ってから、沙羅さんは肩を落とした。
「お邪魔してしまったようですね。ごめんなさい」
悲しそうな顔で下を向く。
そんな顔をしないでくれ。怒ってるならまだいいが、それはやめて欲しい。
「沙羅さん、ちょっとだけ待って。そこに座ってもらえないかな」
「……私には見せたくない料理なんじゃないんですか」
「見せたくないのは、まだ未完成だからです」
ふきんで皿の周りをぬぐって……よし、できた。
「どうぞ、お召し上がりください」
「わぁ……」
ぱあぁ……と顔がほころぶ。
「とっても綺麗」
「ありがとう」
手をすり合わせてウズウズしている。美味しそうで我慢できない、と顔に書いてある。
「それじゃあ、いただきます」
たけのこから食べ始めて、里芋、にんじん、しいたけ……。
ゆっくりと箸を運び、じっくりと味わっているのを、ずっと見ていた。
「ごちそうさま。美味しかった……」
「よかった」
さっきまでマヒャドを連発していたが、いまやベホマを受けた後みたいになっている。
ふー。
ちょっと恥ずかしいが、ちゃんと言っておく必要がありそうだ。
「沙羅さん、俺は沙羅さんと料理するの楽しくて好きだよ」
「えっ、えっ」
「でもね、作った料理を見せて、美味しそうって思ってもらって、驚いてもらって、食べてもらって、笑顔になってくれて、美味しかったって言ってくれるのが一番好きだなって。そのために料理をしているんだなって思ってる」
「あ、あう……」
沙羅さんはストレートな言葉に弱い。
それを知っていて言っているのだけれど、それでも恥ずかしい。
今後料理を作るたびに、そういうふうに思われるのだとしたら、ラブレターよりラブソングより恥ずかしいかも知れない。
だが、この気持ちを大事にしないといけないと思う。




