異世界メモリアル【7周目 第21話】
「料理は愛情ですから! 若者が楽しんで作った料理は素晴らしい!」
特別ゲストに来ていた男は、そう言った。
笑顔でそう、言い切った。
俺は唖然としていた。
「みなさんが将来どんな料理人になるか楽しみです」
そう締めくくった。
言っていることは非常に無難。
まったく非難する箇所などありはしない。
だが、これほど無味な発言もないだろう。感動することもない。
他愛もないありきたりのセリフ。
彼は、望比都肥は、一口も食べていない。
料理大会のゲストが料理を食べないなんてことが、あるだろうか。
今回は春の地区予選。
この地域の代表を決める大会だ。夏には全国大会が行われる。修学旅行などで訪れるような別のゲームの世界の学校と戦うことになる。
そしてこの地域における料理の第一人者として座っているのが、沙羅さんの父親だ。
「……」
その様子を、ただ聞いている沙羅さん。
真顔、というか目を閉じて、口も閉じている。
どのような気持ちなのか、うかがい知ることが出来ない。
望比都肥の本は何度か読んでいた。
その内容は一言で言えばストイックだ。
簡単、美味しく、リーズナブル!
というような売れそうな感じのものとは程遠い。
手間暇をどれだけかければいいのかと思うようなものばかりだ。
完璧でなければ、超絶技巧でなければ、料理ではないと言っているように。
「あの人は自分の弟子の料理しか食べませんから」
つまり、沙羅さんの料理もまだ食べたことがないということか。
料理ができるから呼びつけたというのに、無茶苦茶な話だ。
「さて、審査が完了しました。優勝は……」
当然優勝した。
8人の審査員の点数はすべて満点の圧勝だった。
望比都肥は審査員を辞退している。
「私のはともかく、ロトさんの料理くらい食べたらいいのに」
娘の料理を食わないのに俺のなんか食うわけ無いだろうと思うが……。
「では、優勝した料理部の部長、ロトさん。こちらへおいでください」
壇上で待っているのは望比都肥。妙に貫禄のある和服姿で、微笑んでいてもおっかない。
どんな感情で行けばいいんだろうな。
どうもまだ掴みきれていない。
なにせ今まで散々クズだと思っていた父親たちは、なんだかんだ悪い人たちじゃなかった。
親としては失格だったかもしれないけれど。
「おめでとう」
「……ありがとうございます」
賞状だ。
何も言わずにこれを貰って帰るのは、なんとなくシャクだった。
「……料理を作った時は、おめでとうより美味しかったという言葉が聞きたいですけどね」
そう言ってみる。
沙羅さんの代わりに皮肉を言ってやろうかという気持ちになったのかもしれない。
すると恰幅のいいジジイは小さな声で答えた。
「十年早い」
……やっぱりそうか。
さっきの演説はお芝居。
これが本音か。
本音を引き出せたとしたら、これはチャンスだ。
「食べてみなければわからないでしょう」
「わかる」
「どうして」
「デブのボクサーなど相手にしていられない」
そもそも舞台に上がる権利すらないらしい。
「お前らのやっていることは児戯に等しい。みんなで楽しくお料理して、お互いに美味しいねと褒め合う。大変結構だ。幼稚園の運動会やお遊戯のようで、微笑ましいことこの上ない」
さすが沙羅さんの父親というところか。
皮肉に関してはまさに俺など足元にも及ばない。
「運動会で一位になったからって一緒に走る陸上選手がいるか? いるわけないな?」
せいぜいこちらはプロ野球選手と甲子園球児くらいだと思っていたわけだが、そこまで差があるというのだろうか。
だとしたら料理ステータスが5000は必要かもしれない。
「こっちはアスリートと同じなんだよ。1分1秒のタイムを縮めるために日夜努力する。そういう次元でやっているんだよ。俺に料理を口にして欲しいというのは、ボクシングの世界チャンピオンに1ラウンド闘ってくれと言っているようなものだ。身の程を知れ」
お見事。
ここまで言われると反論のしようもない。
逆に感心してしまう。
ぽんと肩を叩かれたのをきっかけに、俺は賞状を持って沙羅さんの元に戻った。
「どうでした。何か言われましたか?」
すごすごと帰ってきて、ぼーぜんとしていたら沙羅さんに声をかけられた。
「10年早いってさ」
「10年ですか。それは随分と評価されましたね」
評価が高いのか。
他の人には100年早いとか言ってるのかもしれない。
少しも嬉しくはないが。
嬉しくはないのだが、ちょっと火がついた。そんな感覚。
「望比都肥の、本を全部読んで、料理を作ってみたい」
「な、なんでですか? あんなもの……」
あんなものという言い方なら一応読んだのか、それとも読まされたのか。
沙羅さんは自分の父親のことを否定している。
当然だ。そもそも好きになる要素がない。中身がなんであれ好意を持つのは難しいだろう。
「あれは、あんなものはレシピではありません。誰でも美味しい料理を作るために用意されるべきものなのに、あれは自分しか作れないということを誇示したいだけのものです」
書いてあることも賛成はしかねるものらしい。
しかし、俺にとって彼は単なる料理評論家ではない。
「俺は知りたいんだ。望比都肥が見ている料理の世界を。そして望比都肥という人のことも」
相手のことを知ろうともせずに、向き合うことはできない。




