異世界メモリアル【第23話】
ホワイトデーまであと2日。
教室でぼんやりしている俺に、慌ただしく訪問者がやってきた。
「び、びーえるに目覚めたって、マジっすか!? むぐっ」
でかい声を出す次孔さんの口を急いで手で塞いだ。
クラスの皆がこちらを見てひそひそと話しているのが聞こえる。
この日が来るとは思っていた。
こんなネタを新聞部が放っておくわけがないのだ。
口を塞いだままアイコンタクトで外に出てくれと伝える。
むぐむぐ言いながら、うんうんと首を振る次孔さん。
屋上手前の踊り廊下に来た俺は、周りに誰も居ないことを確認して話を始める。
「俺がBL漫画家のアシスタントをしている件だな?」
「そうっすよっ、なんで、び、びーえるなんです……?」
なんでだろうな。
俺にもわかんねえ。
「その件について……詳しく取材させてもらっていいっすか?」
いつになく神妙な面持ちで聞いてくる次孔さん。
「別に秘密ってことはないから学校新聞に載せるのは構わない」
俺がそう言うと、慌てた様子で手を振った。
「取材って言っても、個人的な取材っす」
それは……取材とは言わないのでは?
次孔さんを見ると、落ち着かないのか、あちこちに目線を運んでいる。
何やら言いにくそうに、両手の人差し指を付けたり離したりしている。
どうしたんだ?
いつもバンバン押してくる次孔さんとは思えない。
「ロトっちは~、その~、ホ、いや、ゲ、いや……」
なんだ?
何が言いたいの?
「ど、同性愛者、なのかな?」
は~~~!?
「女装している時点で、もしかして、とは思ってたんだけど」
思われてたのぉ~!?
「まさかBLに興味あったなんて」
ねええええええよ!
「お、俺は漫画家のアシスタントをしているが、たまたまBL作家だっただけだ」
「た、タマタマ?」
「そこにフューチャーするなぁ!?」
次孔さんはしどろもどろになっている。
ふうむ、ここはビシッと言うべきか。
「思い出してよ、次孔さん。俺はチョコを貰ってアホほど嬉しがってたじゃない?」
あやうくあの世に逝っちゃうように見えたんでしょ?
なんだかとっても眠いんだ~って言ってるように見えたんでしょ?
次孔さんは思い出したかのように、ポンと手を打って言った。
「あれ、そんなに嬉しかったんだ?」
全力で頷く俺。
同性愛者だと思われても困るからな。
「そっかそっか。嬉しかったと」
「イエスイエス」
「感謝してると」
「イエスイエース」
「当然お返ししたいと」
「イエス、イエスイエスイエス!」
俺の回答に満足したのか、満面の笑みで去っていった。
あれ? 俺、今ホワイトデーのお返しするって言っちゃったな。
お返しは次孔さんにするか……。
翌日。
ホワイトデーまであと1日。
俺は実羽さんが連絡をしているところを、偶然すれ違った。
電話のない世界のため、学校にある無線機を使っていたのだ。
「はい、はい。明日はホワイトデーですから。予定ではかなりの数のお菓子をご用意できるかと」
――!?
お菓子を用意する、だと?
バレンタインデーの際に校門でみんなに配っていたのは、お返しを見込んでだった?
そんな打算的な理由で行動していたというのか。
バカな……。
実羽さんに限って、そんなわけ……。
そう思いつつも、無線機の裏側に回って聞き耳を立ててしまった。
「ええ、はい。ご期待下さい。では」
無線を切った実羽さんは、ふう、とため息を着いてから、独り言のように言った。
「聞かれてしまいましたね」
なんだ、このサスペンス劇場のような雰囲気……。
俺は脳内にエンディングテーマの物悲しいバラードが流れていた。
刑事のように、俺は身体を現す。
「どうしてこんな事を……」
両手を後ろで組んで、なるべく優しい声で問うた。
実羽さんは自白を始める。
「最初はそんなつもりじゃなかったんです。お菓子を持って孤児院に行ったら、みんなが欲しがってしまって」
孤児院。
実羽さんならではの行き先である。
「ホワイトデーに貰いすぎたお菓子を持っていったのですが、それでもみんなに配るには少なくて」
「だから、今年は多くの人に配った。お返しを孤児院の子達に渡せるように……」
俺の言葉に、首肯する実羽さん。
「皆さん良い方ばかりですから、小さな明らかに義理のチョコでも、立派なお返しがいただけるんです。そんな人の善意に付け込んで。許されるわけありませんよね、こんな……」
泣きそうな顔でうつむく実羽さん。
いや、雰囲気的には人を殺めたみたいになってるけど、別にそこまで悪くないだろ。
――よし。
「あぁ、許されないね。」
芝居がかったセリフを言って、俺は実羽さんをじっ、と見つめる。
「あなたは誰よりも優しかった。その結果にすぎない。子供達もチョコを貰った人達も、みんな嬉しかったに決まってるじゃないか。誰も不幸な人は居ないんだ。」
俺は実羽さんの肩に優しく手を置いた。
「それなのにあなただけが嫌な気持ちになるなんて、それは許されないな」
はっ、と目を見開いて俺を見る実羽さん。
「それじゃあ」
「あぁ。誰にも言わないさ。ただし、俺のお返しだけは自分で食べてもらえるかい」
「……はいっ」
手を振りながら背中で別れを告げる俺。
またしてもお返しをあげる約束をしてしまった。
結局、ホワイトデーはどうするべきか?
やれやれだ。
ギャルゲーだったらココまで悩まない。
つまり、ギャルゲーじゃ無いってことだ。
それならもう答えは決まってる。
「お兄ちゃん、だから私に返さなくてもいいって……あれ大福だし……」
そう言いつつも舞衣は嬉しそうに見える。
やっぱりこれでいいのだ。
親密度が上がらなくたって良いじゃないか。
スコアに関係なくたって良いじゃないか。
ゲームだって現実だって、自分が気持ちいい選択じゃなきゃ。
そうだろう?
「結局貰った人全員に返しちゃって。それじゃ意味ないんだからね」
意味がない?
そんな訳あるかよ。
みんなお前と同じで、嬉しそうに見えたんだから。




