異世界メモリアル【7周目 第13話】
「実羽映子を傷つけたという噂が流れた――」
「煌ちゃんを傷つけたという噂が流れた――」
まじかよ!?
あの二人は傷つかないと思っていた……じゃねえよ!?
「何やってるんですか二人とも」
実羽さんと星乃部長が俺に耳打ちしているだけだった。
放課後に少しぼーっとしていたらイベントが発生した。これイベントなの?
おそらく実羽さんは星乃部長にそそのかされてやっているのだろう。耳が赤い。
「だって」
赤らめた頬をポリポリとかく。そんなに恥ずかしいならやらなければいいのに、ホントにいい人だなあ。
星乃部長はそんな素振りは微塵もなく、両手をぶんぶんと振る。
「ロトが傷つけた女としかデートしないからじゃないか!」
ぐむむ。
人聞きが悪いが、確かにそのとおり。
釣った魚に餌をやらないじゃないが、この二人は傷つかないから放置したことは確かだ。
「しょうがないじゃないですか、ぼかーんってなったらヤバいんですから」
爆弾が破裂してもロードできませんからね。
「ぼかーん?」
実羽さんは、ぽかーんとしている。
どうやら爆弾システムをご存じないらしい。実羽さんがやってた乙女ゲームには無いんでしょう。
「女の子を傷つけて放置するような男はみんなから嫌われるんですよ」
親密度という言葉を使わずに実羽さんに説明。
「ロトが爆弾を破裂させても、星乃煌の親密度は下がらない!」
「あ、攻略情報ありがとうございます、星乃部長」
自ら親密度のことを申告してくるとんでもないキャラだ。
一見不良にも見えるヤンチャな茶髪の実羽さんは、ほえーっと緊張感のないギャップのある顔で思案しているようだったが、その口から漏れた素朴な疑問は俺に衝撃を与えた。
「え、じゃあロトさんは傷つけた相手のためじゃなくて他の女の子から嫌われないためにデートしてるってこと?」
――確かに!
そう言われてしまうと、そう。
爆弾システムそのものへの疑問ではあるが、爆弾を放置してはならないのは全員の好感度が下がるから。
それにしても実羽さんから冷静に意味を解説されると、ろくでもない話だった。
とはいえこの世界において本当に爆弾がついているのか、それが爆発すると全員の親密度が悪くなるのかは確かめていないのだが。
「傷つけたかもしれないから、本人を慰めるためかと思ってた……」
実羽さん、そんな顔をしないで。
罪悪感で死にそうになるから。
とはいえ反論はある。
「他の女の子だけじゃなくて、本命の女の子からも嫌われるから……」
「本命って誰?」
うぐ……。
爆弾を処理するとか本命を決めずにプレイするとか、普通のことだと思っていたが実羽さんの純粋な瞳が痛い……。
どうして……別に悪いことをしているわけじゃないのに……。
「傷つけた女子など放っておいて、本命の煌ちゃんとデートしたら良いではないか!」
大きな胸を張ってばばーんとアピールしてくる星乃部長。
本命じゃないですよ! っていうのも変なのでツッコミずらい。
正直、それもアリなのだ。
だけど……。
「いや、やっぱり傷つけたままなのは嫌だな」
なんとなく爆弾を処理するのは当たり前すぎて向き合ってなかったが、実羽さんの言うとおりだ。
「誰かを傷つけたまま、他の女の子と幸せになれる気がしない」
最初からそうだった。
沙羅さんを傷つけて耐えられなかったのは、俺自身だ。
「実羽さん、デートしているのは傷つけた相手のためじゃない。けど、他の女の子のためでもない。傷つけたままだと俺がツラいからだよ」
つまりデートとは償いだということだ。
傷つける理由がデートを断ったからなのだから、まさに埋め合わせなのだ。
1周目や2周目ではデートしてくださいお願いしますという立場であったことを考えると随分偉そうなことになっているが。
俺が色男なのは紛れもない事実なのでいいだろう。思い上がりではなく、ステータス属性だからな。
「ロト……!」
「ロトさん……うん、いいよそれで」
二人とも俺の情けない告白を受け止めてくれたようだ。
星乃部長は満面の笑みで、実羽さんは微笑んだ。
よし、じゃあ俺はバイトに行こうかな。
「ところで、ロトさん。義朝さんを傷つけたままらしいけど」
「え? 義朝?」
そういやそうだったな。
でも、義朝を傷つけたままでも別に俺はツラくない。
よって償う必要無し!
そう思っていたが、友情を大事にしないロトさん最低とか思われてるのかもしれない。
所詮女の子とイチャイチャしたいだけで、男は傷つけても平気なクソ野郎だとバレているのかもしれない。だって、しょうがないじゃない。男の子だもん。
「そもそもなんで義朝さんとデートしてるの?」
「えっ」
あれっ?
そっち?
微笑んだままの実羽さんだが、なんか怖い。
「わたしとか星乃さんとかとはデートする暇がないくらい、デートをしてたらしいけど」
「まさか、映子ちゃんや煌ちゃんを差し置いて男とデートとは!」
……。
「それは、その、事情がありまして」
「どんな事情?」
「どんな事情なんだ!」
ロトはにげだした!
しかし、まわりこまれてしまった!
「ロトさん? なんで逃げようとするんです?」
「ロト!」
言えねえ!
エッチなノベルティが欲しいからとか理由がひどすぎて実羽さんには絶対言えねえ!
星乃部長なら「だったら星乃煌のエッチなノベルティをプレゼントしよう!」とか言いそうだけど!
くそ、ここはなんとかしてごまかすしかない。
「あの、義朝は俺の妹のことが好きなんですよ」
「そっ、そういえばそうでしたね。えと、あの、言ってましたね」
実羽さんは俺が生徒会に入ったときの応援演説を覚えているようだ。
妹が超絶かわいいから生徒会長にしろという無茶苦茶なことを言っていた。義朝はバカ。
そしてそのときの自分の応援演説を思い出して恥ずかしくなっているようだ。あのときの実羽さんは随分なドジっ子でしたからね。
「それで俺は妹を取られたくなかったから、義朝を自ら籠絡しようとしてデートを」
「ええ!?」
「その発想はなかったな!」
俺もなかったけど。
なぜ人は嘘に嘘を重ねてしまうのでしょう。
しかしこの突拍子もない言い訳は、なぜか二人に通用した。




