異世界メモリアル【7周目 第4話】
エンカウントイベントがまだだったので、来斗さんには近づけなかった。
とはいえ、そのためだけに文芸部に入るわけにもいかない。
実羽さんに会いに行って、妹のスカートを渡す。
「実羽さん、これを」
「なるほど……わたしに妹のコスプレをさせるんですね。いいでしょう。やりましょう」
「違います! 破れたスカートを履いている来斗さんに渡してください」
「ああ……なんだ、ボランティアかぁ」
妹のコスプレってなんだよ。
いくらなんでも俺はそこまでシスコンじゃないし、いくら実羽さんは良い人だからといってもそんなお願いはしない。
なんで嬉々として応じようとしたの……。
実羽さんは、俺の視線の先にいる来斗さんを見やる。
「うわー、ほんとだ破れてる……」
「てんせーちゃんのせいだから、叱っておいて欲しい。ちょうど来斗さんの視線の先にいるし」
「てんせーちゃんのせいで来斗さんが? どういうことなの……」
そう問われても、ラジオを聞いてない人にはとても説明がつかない。いいから早く、とお願いした。だってスカート破けてるんだよ。
てんせーちゃんとの出会いも、もちろんまだだ。
一刻も早く文系学力と芸術を向上させねばなるまい。
さて……来斗さんとてんせーちゃんのことは、実羽さんに任せて俺は一番大事な用事を済まそう。
俺は走った。
教室に――いない。
体育館にも――いない。
正門にも、裏門にも、屋上にも――いない。
本当にいないのか。
いや、そんなわけがない。
奴はいるはずだ。
男子トイレに入ると、そいつは鏡の前の呑気に髪を整えていた。
くそっ、俺の気も知らないで。
「探したぞ」
「はっ?」
間抜けな声だった。
だが、そこも好きだ。もちろん好きだ。
「義朝、俺はお前が好きだ」
「は? はあ!? マジで!?」
マジなわけがない。
なんでマジで好きにならなきゃいけないんだ。
「今週、デートしてくれないか」
「え。嘘。え。マジ?」
これはマジだ。
なぜならラジオのネタが必要だからに決まっている。
今、一番大事なこと。
それは女神☆てんせーにハガキを送り、ノベルティをゲットすることだ。
てんせーちゃんのえっちなイラストとえっちな水着写真だぞ。神。
そのためならば義朝とデートでも何でもしてみせる。
「いいだろ」
「う~ん、でも~、一緒にいるところを誰かに見られると恥ずかしいし」
断られた!? お前にそれを言われるとは!! 俺だってお前なんかと一緒にいたら恥ずかしいのに!
「じゃあね」
去っていった……なんだこの屈辱。
確かに男だったら簡単にデートに応じると思った俺が馬鹿だった。俺が義朝の立場だったら断るに決まっている。気持ち悪すぎるし。
ついこの前まで容姿が最強だったから調子に乗っていたかもしれない。今はフツメンなんだわ。
あそこまでカッコ良ければ性別は軽く越えられるだろうが、今は厳しいな。どうしたものか。
義朝はロリコンだし、舞衣にも興味を持っていたようだから、俺が妹のコスプレをするというのはどうだろう。いや、やめよう。一瞬でも考えた俺が馬鹿だった。
義朝ねえ……容姿だの学力だの高めたからって、どうにかなる気もしないけどな。
ってなんでマジで義朝なんかの攻略方法考えなきゃいけないんだよ。
しょうがない、舞衣に相談しよう。全然本筋のルートに関係ないけど、きっと大丈夫だ。俺の唯一の味方だから。
授業が終わり放課となって、俺は二番目に大事なことをすることにした。
もちろんスネークを捕まえることだ。
さすがに授業中に俺がスネークを探していたら、俺の方こそ不審者として捕まってしまう。授業中に生徒がウロウロしてたら目立つからね。
まずはてんせーちゃんを探そう。
どうかな、美術部にいるだろうか。
部室の前に行くが、どうやら今回は美術部ではないっぽい。なぜなら男性の裸の像が普通だからです。てんせーちゃんが所属していると、必ず男同士が見つめ合って置かれているのだ。
「と、なると……」
廊下を歩きながら考える。今までは部活は美術部だけだったが、今回は違うのか。
「ここだったりして」
ラジオパーソナリティだから放送部にいるかも。
そう思って来てみたが、放送部にはモブ感満載のメガネ男子とおさげ女子がいた。十分顔は整っているが、攻略対象ではないモブオーラが出ている。
「失礼しました」
何もなかったことにしてドアを閉める。
「ふーむ」
腕を組んで廊下を歩く。
バイトでもてんせーちゃんはメイクだったり、絵以外のいろいろな芸術的才能を持っている。
考えられるのは、他にコミック部と演劇部、あとは……。
「あ、義朝」
「あっ……」
義朝は逃げるように後ろへ駆けていった。
くそ、なんだこの屈辱は……絶対デートしてやる。
そんな決意を胸に、第二音楽室を通りがかったとき。
「てんせい、てんせい、がりょう~、て、ん、せ、い~♪」
間違いない、てんせーちゃんの歌声だ! こぶしが必要以上に効いている、これでもかっていうくらいのアニソンだ! 作品じゃなくて自分自身がアニメソングになってるあたりが非常にてんせーちゃんらしい。
「さ~いきょ~、むてきの~、かわいさだ~♪」
ギターとベース、そしてドラムの音が入ったバンドだ。どうやら今回のてんせーちゃんは軽音部っぽいぞ。作曲は誰かわからないが作詞は誰か明白だ。
さ、のんびり聞いている場合ではない。奴もこの歌声を聞いているのだろう。
てんせーちゃんと同じ部活に入るかどうかは、その後だ。
俺は下駄箱で靴を履き替えると、第二音楽室の窓の方へ。
動くダンボールは見当たらない。そんなに簡単じゃないか……。
第二音楽室は三階だ。そこを覗くことができる場所となると……この木の上か? それともこっちの……。
ぱんつだ。
ぱんつが見える。白い。
どうやら木登りしている女子がいるらしい。
なんでこんなところで木登りを……?
――おっと。誰かが近づいてくる気配。
俺はとっさに木の裏に隠れる。
「なにこれ、誰の歌声?」
「変な歌詞だけど、結構上手じゃない?」
テニスウェアの女子たちがお喋りをしながら、歩いていた。あぶねー、見つかるところだった。
しかし、このまま木の上をじっと見上げていたら、スネークより先に俺が通報されてしまう。
やむなくこの日は撤退した。




