異世界メモリアル【6周目 第30話】
ボランティア世界一がこれほど役に立つとは思わなかった。
そもそもお金だけで解決することは不可能で、臓器を提供してくれるドナーが必要だった。
ハルミさんは血液型がやや特殊であり、実の娘の次孔律動なら適合するとのこと。
普通だったらここで次孔さんに臓器を提供してもらうかどうかという二択が発生するのだろう。
だが、次孔さんの臓器を取ってしまうなんてとんでもない。
「世界中のボランティアのみんな、オラに力を分けてくれ!」
そんな感じの内容でボランティア世界一決定戦に出ていたグループにお願いに行ったのだ。
さすがのネットワークで、ドナーが見つかったのである。
その方はご高齢で、自分の孫に目を移植したいと考えており、せっかくなら体中のすべてを誰かに使って欲しいと考えているそうだ。立派な方だ。
「ボランティア部じゃなかったらどうなってたんだろう」
「だねえ」
実羽さんのおかげでもある。
延々とボランティア一筋でやっているので、ドナーを見つけてくれそうなボランティア団体に目星をつけてくれて一緒に回ってくれたから見つかったのだ。
実羽さんの怒りを買っていたら駄目だったかもしれない。やっぱり実羽さんとデートするのは必要なことだったんだよ舞衣!
「あとは手術代だけど、そっちは手伝ってあげられないや」
「もちろん、十分だよ実羽さん」
必要なのは臓器を提供してくれるドナーと、巨額の手術費である。
それを個人に強いる国や社会が間違ってるよ! などというような意見は不要です。このゲームは政治家になるものじゃなくてギャルゲーなので、すべては俺のステータスや選択肢次第なんだ。
変えなきゃいけないのはいつだって、社会じゃなくて自分だ。
「だから、俺はホスト界のトップを目指すぜ」
「だめ」
「えっ!?」
まさかの不許可。しかもそれが……
「いや、でも」
「だめ」
次孔さんからとは。
水商売だから駄目なのか?
お客様に嫉妬するとか?
でも、そんなことを言ってる場合じゃ……
「ロトにお金を出してもらうわけにはいかない」
「次孔さん……」
なんと。
自分で稼ぎたいというのか。
しかし……
「普通に働いてなんとかなる金額じゃないよ」
「わかってる」
「わかってないよ!」
危険か、リスキーか、もしくは女を売りにしたものか……どれにしたって許せるわけがない。
いいんだ。この世界は俺が頑張ればいいんだ。
「ロトの方がわかってないよ! ロトは何もしないで!」
何を言ってるんだ。そんなワガママ言ってる場合じゃないだろ。
ハルミさんはごまかしごまかしやってきてる状況で、もういつ死ぬかもしれないし、ドナーが見つかった今しかチャンスはないんだ。
「私だって働けるよ」
「無理だ。普通の仕事じゃ焼け石に水だ」
「じゃあキャバクラで働く。ロトがホストクラブで働いてたんだから、同じだよね!?」
「このっ」
これ以上バカなことを言うなら、頬を叩いてでも……!
そう思って顔を睨んだら、次孔さんは泣いていた。
「私、私……自分のお母さんが病気だなんて知らなくて、生活のため、私のためだって知らなくて、男にだらしない最低の母親だって思ってたんだよ!? 最低なのは私じゃん!」
ああ……そうか。
そりゃそうだよな。
次孔さんだって自分を責めるよな。
ここでのほほんとしてるような、そんな人間じゃないことは俺がよく知っている。
次孔さんは、いつもまっすぐで、曲がったことが嫌いだ。
だからこそ、今の自分を許すことが出来ないんだ。
「今まで無視してきて、ロトのおかげでちょっと仲良くなってきたと思ったところだよ? これでお金も何もかも全部ロトにやってもらったら、本当に私って最低だよ! 何でもかんでも男に頼って情けないってママのことを嫌っていたんだよ? もう、自分の事が嫌いすぎてどうにかなっちゃうよ」
なんてこった。
ここまでとは思ってなかった。
本当に俺はわかっていなかった。
ドナーを見つけずに、彼女が臓器を提供したならその後ろめたさもなかったんだろう。
次孔さんをこんなにボロボロと涙を流させる選択肢を選んでしまった。
「ごめん。次孔さん、ごめん」
このゲームは俺が頑張るゲームじゃなかった。
愛を知らない女の子に、愛を伝えるゲームだ。
好きな女の子を幸せにするゲームだった。
ステータスをあげることは目的ではなく、手段なんだ。勘違いしてはいけない。
今度こそ、俺は次孔さんの体を抱く。抱きしめる。
「ごめん……でも今はハルミさんが元気に回復することを最優先しようよ」
「でも……でも……」
「それこそハルミさんはさ、自分の命とさ、娘と一緒に住むことを最優先にしたんだよ。その結果が男に頼ることだったとしても。俺は立派だと思う。後ろめたい気持ちもあったかもしれないけど、そんなことより大事なことがあるって信じてたんだと思う」
「うん……そうだった、んだよね……」
「だからさ、いいんだよ。次孔さんだって、俺を利用したらいいんだ。ちっとも恥ずかしいことじゃないよ」
「ロト……駄目だよ、ロトは優しすぎるよ。こんなの駄目」
弱々しく、本当に弱々しく、これ以上強く抱いたら、壊れてしまうなじゃないかと思うほど儚く。
だけど、だからこそ、俺は強く抱きしめた。
「これは俺のためだよ。俺の夢だ」
「夢?」
「大好きな人と、その母親と、父親も、一緒に笑って暮らすんだ。もちろん、みんな元気で。四人で」
「ロト……」
「いや、違うな」
「え?」
「できればその後、五人とか六人とか、どんどん増えていくんだ。大切で大好きな人たちに囲まれて暮らす。これが俺の夢だよ。協力してくれる?」
「ぷっ。ふふっ。なにそれ。ホストクラブのナンバーワンの口説き文句?」
まいったね。まいった。そんな反撃とは。
でも、そんなことを言われてしまったら、俺だって黙っちゃいないぜ。
ホストの本領見せてやる。
「ホストクラブでは出来ない方法で、その生意気な口を塞ぐよ」
弱々しい体だから抵抗できない。そんな卑怯な状況で。
体を少し離すと、涙でぐしゃぐしゃの顔を、ひまわりのような笑顔にして、さらなる反撃を口にする。
「……私のファーストキスの値段はすっごく高くつくよ?」
それでいい。
それでこそ、俺の大好きな次孔律動だ。
さて、次孔さんにつくったでっかい借金を返さないとな。
「でもホストは駄目だよ」
……どうしよ。




