異世界メモリアル【第21話】
ダイニングで夕食を終えた後、得体の知れない野菜の漬物でお茶を飲みながら妹に相談を持ちかけた。
「舞衣、俺はバイト先を変えたいと思う」
「えっ? あんなに女装大好きだったのにどうしたの?」
ティーカップを両手で持ち、きょとんとする舞衣。
「ちょっと待て、それは誤解だ」
俺はこめかみを押さえて、妹に抗議する。
「俺は資金調達と容姿の向上のためにやっていただけだ」
「嘘だぁ、男に見られるの快感だったんでしょ?」
だから、なんで知ってるんだ!?
俺の心の中だけの秘密なのに。
俺は誤魔化すように、ごほんとわざとらしい咳払いをした。
「この前バレンタインイベントがあってな」
「”路面のメイドガイ”で?」
「そうそう。当然俺がメイドさんとしてチョコを渡すんだが」
「ふんふん、もう人気のメイドさんだもんねえ」
「貰ったお客さんが感涙にむせび泣いているのを見て引いた」
「なんだ、お兄ちゃんが貰った時と同じじゃない」
「女の子から貰うのと俺から渡すのは違うだろ!? あと、なんで知ってるんだ!」
「次孔さんがリズム天国で言ってたよ?」
な、なんだと!
そういうことをラジオで言っちゃうの?
俺はお笑い芸人じゃないんだぞ。
鬼かよ?
「チョコあげただけなのに、ルーベンスの絵を見たときのネロみたいだったって」
次孔さんめ、うまく表現しやがって。
確かに俺はあのとき、パトラッシュと共に天に召されるような感じだったよ。
「じゃあ、次孔さんがお兄ちゃんに引いたように、お兄ちゃんもお客さんに引いたということね」
……そのとおりなのだが、心が痛い。
なんだろう、俺、間違ってないよね?
生まれて初めてバレンタインチョコ貰って喜んだらオカシイの?
女装した俺に感涙する男を見て引いたらイケないの?
懊悩する俺だったが、妹はもう次の話に移っていた。
「それじゃあバイト先を探してあげるけど、どういうのがいいの?」
俺も気持ちを切り替えよう。
そうだな、まずは基本的な条件だ。
「まず死ぬ危険がなくて、違法じゃない」
これを言わないと、平気で提案してくるからな。
それはわかったから次の条件を言えとばかりに、うんうんと首を振る舞衣。
「そうだな、芸術のパラメータが上がるのがいいかな」
容姿はかなり高くなった。
萌える参考書のおかげで学力は上がっている。
料理も部活で向上する。
芸術だけは現状全く上がらないのだ。
料理部では料理はうまいけど、盛り付けがセンスない人だと評判になっている。
授業でも音楽と美術の教師からは哀れみの目で見られている。
「なるほどね、じゃあこんなとこかな」
1.声優
2.通販番組出演
3.漫画家のアシスタント
……またしても受け止めきれないものばかり。
ツッコミたい気持ちを我慢して、詳細を聞くことにする。
「解説を頼む」
よしきたとばかりに薄い胸を張って目をつむり、人差し指をピンと立てる舞衣。
「1.はね、洋画やアニメ、ラジオなどで声の芝居をするお仕事だね」
うむ。そのくらいは知っている。
「うん、だから俺がバイトで出来ると思えないのだが?」
「お兄ちゃんくらいの見た目でも声優なら大丈夫だよ」
「そういう事じゃねえ! あと、そういう事言うな!」
誰に何を言われるかわからんぞ!?
「言いたくはないが演技については、幼稚園児から可愛くないと言われるほどだぞ?」
ハロウィーンのときに人形劇で幼い子から冷たい反応をされたことについては、まだ心の傷が癒えていない。
「でも声優っぽくない声や芝居のほうが良いって大御所の監督が」
「その話ももう止めておこうか!?」
別にこの家には他に誰かいるわけじゃないんだけどね?
この世界、なぜか知られてしまうことがやたら多いから気をつけないとね。
兎に角、俺に声優は無理であろう。
俺は舞衣に次の解説を促す。
「2.は胡散臭い海外のキッチン用具にワオ! 信じられない! とか言うだけの簡単なお仕事」
「言い方! なんなの、お前は敵を作りたいの?」
なぜわざわざ悪意を込めるのか。
兄に薦める仕事だろう?
理解できねえ……。
これもベテランのタレントがやる仕事だと思うがなあ。
「次の解説を頼む」
「3.はスクリーントーンを貼ったりベタを塗ったり、可愛くないモブの女の子を描くバイト」
「まだ一言多いな。しかしこれは面白いかもしれないぞ。漫画好きだし」
「じゃあ決まりってことで」
そして、俺は新しいバイトをすることになった。
そして、やっぱり一筋縄では行かなかった。
「なぜだ……なぜこうなるんだ」
バイトの初日、俺は……全裸で女性にお尻を見せつけていた。
「もっとエロく誘うようにお尻出せないの? 全然挿入したくならないんだケド」
「女性が挿入したくなる気持ちなんてわかりませんよ!?」
「自分が挿れたくなるのでもいいよ」
「俺は男の尻になんか興味ないですよっ!」
「使えないアシねえ」
ため息をつく女性漫画家。
くっ……これが新しい俺の仕事だと?
舞衣め、絶対わざとだろ。
なんでよりによって、BL漫画のアシスタント何だよ!?
文句を言いながらも俺のお尻をデッサンしていく漫画家。
俺にキャラクターのポーズをさせて、それを描くということらしい。
俺は男を誘惑するポーズをとらされたり、ふ菓子を口に突っ込まれたりして一日が終わった。
なんという恥辱。
これで芸術のパラメータなんて上がってたまるか!?
その週末の夜。
「コンコン」
? なぜかノックしないで口で言うだけの舞衣。
「どうぞ」
俺はドアを開けた。
今回ばかりは言ってやらねばならんぞ。
なぜ俺をBL漫画家のアシスタントに仕向けたのか……っ。
「おじゃま~」
入ってきた舞衣は両手でお茶とお菓子を載せたお盆を持っていた。
こんなことは初めてだ。
「お兄ちゃんが新しいバイトを始めたお祝いにお菓子作ってみたよ」
――!?
やっべえ超嬉しい。
そ、そんなこと言われたら追求しにくいぞ。
しかし俺の決意は固いぜ。
「それはありがとうな。しかし、なぜBLなのか。そこを説明して欲しい」
俺は極めて丁寧に感情的にならないよう慎重に問うた。
すると、舞衣はティーカップを持ったまま、頭の上に?を浮かべたような顔をする。
そんな可愛い仕草をしても駄目だ!
今日という今日は、きっちり話してもらうぞ。
「びーえる? ってなあに?」
――無邪気だった~~~!?
なんと、ご存じない!?
漫画家のアシスタントとして行った先がたまたまBLだったというだけ!?
そういうことなのか?
言われてみればパーフェクトキュートマイシスターの舞衣がそんなの知るわけがない。
何でも知ってて、神か悪魔かと思っていた最近の俺が間違いなのだ。
天使よりも清らかな存在の妹はBLなんて知らないのだ。
なんということだ。
俺は、妹を、不純なものだと思ってしまっていたというのか。
「すまなかったっ」
俺はおでこをフローリングに擦りつけて土下座した。
「どうしたの? バイト大変だった? やめる?」
心配そうに顔を覗き込む舞衣に俺は、こう言うしか無かった。
「頑張ります!」




