異世界メモリアル【6周目 第28話】
「おはようございます、お嬢様」
「……」
ぷい、とシカトされてしまいますが、気にしません。
別に次孔さんのパジャマが可愛いからではありません。
「……」
朝ごはんは残さずに食べてくれますし、怒っているわけではないのです。
家ではいつもこんな感じだと、ハルミさんが言っていました。
料理のステータスももう最高値に達したので、美味しすぎて食べてしまうということもあるのでしょう。
チョコクロワッサンを焼いているときの香りは我ながら惚れ惚れします。
「オレンジジュースとカフェオレ、どちらになさいますか」
「ジュース」
このように選択の必要な質問にすればちゃんと答えてくれます。
ええ、わたくしがこのような口調になっているのは、執事だからでございます。
もちろん執事服を着ていますとも。
「ロトちゃん、おはよ。やっぱ執事服カッコイー」
「おはようございます、ハルミ様。今朝もお美しい」
「様はいいってば~、そうだ、ハルミちゃんがいいわ。命令。ハルミちゃんと呼びなさい」
「かしこまりました、ハルミちゃん」
「きゃー、かわいー!」
顔をナデナデしてくるハルミちゃん。なすがままであります。
「ちっ」
次孔さん!? 舌打ち!?
なぜだ……ただお母さんの言うことを聞いているだけなのに。
「リズムの新しいパパになってくれるかもしれないんだから、もっと愛想よくしたらどお~」
ダン!
次孔さんは空のグラスをテーブルに叩きつけた。
怖い……こんな怖い次孔さんは……6周目では初めてだけど、その前まではちょいちょい見たな。次孔さんは怒らすと怖い。思い出したくない。
「あら、リズムってばヤキモチ焼いてるの~」
「……」
おっと、ヤキモチだったのか。
それは嬉しいですね。
ハルミさんを睨むだけで否定しないところをみるとそうなのかもしれません。
さて、そろそろ状況を説明いたします。
次孔さんはあれから学校でも俺の顔を見たら逃げ出す始末でした。
もちろんデートの約束も取り付けられない。
そんななかホストクラブにやってきたハルミさんが家事をしたくないと愚痴ったのを聞いて一計を案じた。
家事手伝いをさせてもらえば、次孔さんの家に潜り込めるじゃないかと。
ハルミさんの返事は、執事としてなら許可するというものだったわけであります。
そんなわけで執事服を着てかしこまっているのです。背筋、ピーン。
次孔家はごく平凡なマンションです。
二人暮らしですから広くはありませんが、それぞれの部屋がある2LDKです。
リビングにはほとんど物が置いてません。
一緒にテレビを見たり、ソファーでおしゃべりをしたりすることが無いことを物語っています。
「ま~、ママはロトちゃんと結婚してもいいけど、お婿さんでもオッケーかな~」
冗談ぽく言ってますが、本気で言ってるような気もします。
「何がママだっての。いまさら母親ヅラしないでよ」
おっと。いかにもってセリフだ。
やっぱりこういう感じなんだな……。
「そーよねー」
ハルミさんもやっぱりそういう感じなんですね。
ここは俺の出番でしょう。
「次孔さん、母親ズラじゃないよ、ハルミちゃんは母親だよ」
「まー、ロトちゃん! そう、そうよね~」
「は? やっぱその人の味方なんだ」
次孔さんが苦虫を噛み潰したような顔で睨む。やめて欲しい。
「俺は次孔さんがハルミちゃんと仲良くなったほうが幸せだと思ってるんだよ」
「その人のことをハルミちゃんなんて呼んでる時点で信じられない。もう時間だから。いってきます」
「いってらっしゃ~い」
「あんたに言ってない」
「おお、わたくしめに挨拶を。ありがとうございます!」
「ロト、その執事ごっこキモい」
ぱたぱたと出ていくのを見送る。んー、まぁ俺も学校行かなきゃいけないんだけど。
「ごめんね」
ハルミさんはそう言ったが、何に対しての謝罪なのかわからなかった。
「次孔さーん、今日の晩ごはん何がいいー?」
「ちょ、ロト」
「あ、次孔さんって結構お風呂が長いから、入浴剤買おうと思うんですけど」
「ちょちょちょ、ロトってば」
「あ、あとお一人様一パックの卵を買いに行くの付き合ってくださいよ、そのまま一緒に帰りましょう」
「わざとでしょ!?」
わざとだった。
教室の中がざわざわとなる。
こうでもしないと次孔さんが構ってくれないので、多少強引にいかせてもらう。
なんか実羽さんの冷たい視線を感じるが、気にしない。絶対に気にしてはならない。気づかないフリをするしかない。
俺を執事として雇うようになってから、ハルミさんはホストクラブに行かなくなった。
家に一番のイケメンがいるのに、わざわざそんなところへ行く意味がないという理由で。
洗面台の歯ブラシは三本になり、俺用のお茶碗と箸、マグカップが戸棚に増えた。
リビングには俺のベッドが置かれて、毎日ではないにしろ泊まることも増えていった。
しばらく住み込み生活が続くと、次孔さんと俺とハルミさんの三人で食事をするのが当たり前になり、普通に話もするようになった。
ハルミさんは男の所に行かなくなり、在宅するようになった。
順風満帆と思った頃。
朝起きてこないハルミさんを起こしに行った次孔さんが悲鳴を上げた。




