異世界メモリアル【6周目 第27話】
「わー、おしゃれ~」
そうでしょう、そうでしょう。
なにせハルミさんお気に入りのバーですから。
ハルミさんと遊園地に行って何の成果も得られなかった俺は、バーなら酔わせて聞き出せると意気込んで臨んだものの、むしろ酔わされていろいろ喋ってしまった。
主に妹への愛を語っただけなので、問題はないがこれじゃ次孔さんルートの進捗はゼロ。
ハルミさん相手にはとても主導権を握れないと考えた俺は、次孔さんから母親の話を聞き出す作戦に切り替えた。
ハルミさんではなく、次孔さんを酔わせる。なにか問題でも?
俺はバーテンダーさんに、手を上げて挨拶する。
「マスター」
「承知しました」
「え? え? いまので注文? すっご! カッコイー!」
ハルミさんから継承しただけである。
前回来たときにハルミさんがやってたことを、次来たらよろしくお願いしますって頼んでおいただけ。
次孔さんはもう18歳なので、この世界では結構濃いめのカクテルが飲める。酔わせないと聞き出せないと思う。
今まで、父親の話はしてくれたが、母親についてはほとんど深い話をしてくれないのだ。
別にとか、さぁとか。のれんに腕押しだ。
嫌いというよりは、興味がないと言うか。
正直、父親も悪い人ではないのだろうが、ちょっと駄目な人だ。
それに比べてハルミさんは魅力的だと思う。仲が良くないとしたらそれは不思議なことだ。だって二人はとても似ているし。
だからこそ、その理由を知りたい。
自然に、ごく自然に聞き出すのだ。
「どうぞ、リズムです」
「リズムって、え? このカクテルの名前?」
「そうだよ」
この店のオリジナルカクテルサービスである。
これは完全にまったくその名前でオリジナルをつくるわけじゃない。色だけ選んで、その名前で提供してくれるというだけ。
それでも自分の名前のカクテルが出てくれば、喜ぶ。
俺もハルミさんから、ロトってカクテルを出してもらったからよくわかる。つい飲みすぎた。
「わー嬉しい~、かわいい~」
酒を飲む前から頬が赤くなるほど、喜んでいらっしゃる。
太陽やひまわりを思わせる、元気で快活な女の子を夜のバーに連れてくるのも乙なものだ。
シックでムーディーなバーの中で一人、圧倒的な輝きを放つ美少女が隣にいる。
これがデートだ、ギャルゲーだ。
しかしその状況に酔っている場合ではない。酔わせて話を聞くのだ。
この世界、エンディングを迎えるために、家族のことは切って切り離せないと思っている。
家族に愛されなかったから、俺が愛せばいい。俺だけが好きなら彼女は幸せ。その自信がないからかもしれないが。
それでも今まで、ニコが父親と一緒に笑ってる顔や、真姫ちゃんのパパが見せた表情を思うと、二人だけの逃避行なんてエンディングにならなくてよかったと心から思うんだ。
ましてや。ましてや、ハルミさんだ。
もはや、俺はハルミさんが好きだ。あれだけ魅力的な人と二回もデートすれば当然の結果だ。
何が何でも、この二人には仲良くなっていただく。
「はー」
あれ。
突如としてひまわりがくたっとなってしまった。酒が強すぎたのかな。
「どうしたの、次孔さん。美味しくなかった?」
「あ、ごめん。違うの、ママがね……」
なにっ!?
これは僥倖ですよ。
自分から話してくれるとは。
「ど、どうしたの?」
嬉しそうな声にならないように気をつける。
「また新しい男ができたっぽいの」
「え」
ハルミさんに新しい男が?
なぜか胸がチクリと痛む。待て待て、嫉妬なんかしちゃ駄目だ。ハルミさんはあくまでも次孔さんのママ。俺が好きなのは次孔さん。そうだろう、落ち着け。
大丈夫、俺は次孔さんが大好き。ラジオのファンだし、新聞記事も好きだし、一周目のときから好きだし、今隣にいる次孔さんは超可愛い。ヨシ!
「あの人、お金をくれる男はあくまでビジネスだから。好きとかじゃないの」
カラン、とロングタンブラーの氷が崩れる。
いつの間にか飲み干していたようだ。
バーテンダーがゆっくりと近づいてくる。
「違うものをお持ちしましょうか」
「いえ、とっても気に入ったので、おかわりをください」
「畏まりました」
リズムをおかわりするようだ。
俺もロトの二杯目を注文する。
次孔さんと俺は、バーテンダーの動きをぼんやりと見ていた。
この落ち着いたムードに体を浸しているのだろう。
それはこれから始まる会話の助走のようなものなのかもしれない。
その場所でしか聞けない話というものがある。遊園地じゃできない話が。
カシャカシャというシェーカーの音を聞きながら、次孔さんは濡れた唇を動かし始める。
「若いホストとデートしてるっぽいの」
……ん?
「今まではホスト遊びって、ホントに遊びっぽかった。好きでもない男からお金を貰う腹いせにやってるんだって思ってた。まぁどうでもよかったんだけど」
「う、うん」
ようやく聞き出せた情報だが、それどころではない。
「なんか、マジっぽいんだよねー。最近家でも鼻歌したり、うきうきしちゃってさ」
「へ、へえ」
「若い子向けのファッション雑誌読んだりしてんの、超キモい」
「ほ、ほお」
「この前も酔っ払って帰ってきたと思ったら、遊園地で買ったとかいうぬいぐるみ抱いてゴロゴロしてた。絶対あれって遊園地デートした男と飲んできたんだと思う。最悪……ってなんでロト、にやにやしてんの」
「は!? してませんけど!?」
「声裏返ってるんだけど……どうしたの」
酔ってきたのか、うろんな目で俺を見る。
シラフだったらバレているかもしれない。
はっきりいって、俺は舞い上がっていた。
というか、当たり前だった。どう考えてもそれ俺じゃん!?
若いホストで遊園地でデートしてぬいぐるみ買っててその後酔っ払うようなデートする男はさすがに俺しかいないでしょ!
つまりハルミさんは、俺とのデートの後でぬいぐるみ抱いてゴロゴロしてたんですよ!?
くそっ、大人の女性がそんなことするの可愛すぎるだろう、反則だぞ。
っていうかどんだけ俺のこと好きなんだよ……うへへ。
「いや、なんかその、次孔さんのお母さんもまだ女の人ってことなんじゃないの」
「キモっ。女の人って。もうババアじゃん」
「いやいやいや、それはないでしょ」
「マジで無理。若い男とかありえない。遊ばれてるだけだって」
「違う!」
そりゃ本気じゃないけど、そういうつもりじゃない。
俺はそんな気持ちじゃないし、とにかくハルミさんをそんなふうに言うのは絶対に許せない。
「ロト? ママのことを知ってるの?」
しまった。つい……
「お客様、ちょっとあまり大きな声は」
「あ、す、すみません」
初老のバーテンダーが、落ち着いた声で、たしなめるように。思わず冷静になる。
このチャンスを生かして……冷静に……
ごくごくごく
俺はロトを一気飲みして、ぷはっと息を吐いた。
冷静になってたまるか。
「次孔さん、ハルミさんとデートしてた男は俺です」
「は? は!?」
「いくら次孔さんでも、ハルミさんを悪く言うのはやめて欲しい」
「え? え!?」
次孔さんは混乱していた。
まともな話し合いになっていない。
お互いにそれなりに酔っている。
もうやめたほうがいいだろう。普通に考えて、もう何か言わないほうがいい。
しかしわかっていても、止められないときがある。
「ハルミさんはとてもキレイで、可愛くて、魅力的な女性です。そして……」
俺は次孔さんの方を向く。ここが重要だ。ここで言う一言にかかっている。
ゆっくりと息を吐いて、氷を口の中で溶かす。
大事なセリフだからね。コンディションを整えないとね。
さぁ、言うぞ。
俺は次孔さんの目を見ようとして……
あれ?
いないんですけど。
「お連れ様は、出ていってしまわれました」
え?
ヤバくね?




