異世界メモリアル【6周目 第17話】
クリスマスイブになってしまった。
なってしまったのです。
「クリスマスイブのイベントなのに、失敗しちゃってごめん……」
「いいよいいよ、みんなそんなの気にしてないって。むしろウケてたじゃん」
行ったのは児童養護施設とホスピス。
サンタからのプレゼントを貰えない子供だったり、末期がん患者で来年のクリスマスは迎えられない人も多い。
そんな人達を相手にしているというのに、明日のデートが気になってミスをするなんて情けない。
とはいえ、ただのデートじゃない。
俺にとっては、運命の選択なんだ。
「明日のことでしょ」
「えっ」
「わかるよ、顔に書いてある」
そう言って、ティーカップを傾けた。実羽さんはコーヒーよりミルクティーを好む。
「そっか、お見通しか。恥ずかしいな」
砂糖を入れていないエスプレッソを舐める。苦い。
「他の用事があるんでしょ」
「う……うん」
「ほかの女の子とクリスマスを過ごしたい、と」
「うぐ……」
そう言われちゃうと、うんとは言いにくい……。
「じゃあさ、今日は夜まで付き合ってよ」
「え?」
「まさか、妹と約束があるとか……」
「いや、特にそういうことはないけど……」
「じゃあ、決まりね。イブの夜にデートするんだから、明日は許してあげる」
実羽さんは本当に優しいな……。
優柔不断な俺が圧倒的に悪いのに、罪悪感を持たずにすむようにそんなことを。
普通は他の女の子との約束があるなんて知ったら、許してくれないだろうに……。
「私とのクリスマスの予定があるのに、他の女を選ぶだとぉ~!?」
許してなかった。
っていうか酒癖が悪かった。
今までお茶会だった理由が判明しましたよ。どうやら、めっちゃ酒癖が悪いんですよ。
乾杯用のスパーリングワインを1杯飲んだだけでとんでもないことになった。
「去年から楽しみにしてたのに、ロトはそうじゃないってのかよぉ~」
「いや、そんなことは。ほら、イルミネーション綺麗だよ」
「んなもん、どう、でも、いいっつんだよ~」
どうでもよくなっちゃったよ。
クリスマス・イルミネーションが見たいって言うから、夜景の綺麗なレストランに来たのに!
あーあー、シャンパングラスをそんなに傾けて……、一滴も残らず舐め取ろうとしているよ。
ついさっきまでエレガントに紅茶を飲んでいたのに、もはやただの酔っ払った女ヤンキーだよぉ。
「はー。今回こそはって思ったのになー」
「ちょっ、実羽さん!?」
まだ大丈夫だと思うけど、この世界の秘密を言ってしまったら……
「いやいや、もう無いでしょ。クリスマスで他の女の子に行くならもう無いっしょ」
身も蓋もなかった。
「ロトはランドセル背負っても、同じ部活になっても攻略できねーなー」
言っちゃったよ。
もう終わりだ。今回は実羽さんを攻略することは出来ない。
「ロトは私たちを攻略してるつもりかもしんねーけど、ホントは逆だかんね」
ブルスケッタをかじりながらも、実羽さんのセリフは止まらない。
「だってさ、ロトは知ってんでしょ。私がずっと、あんたが大好きだって」
「う、うぐ……」
答えづらいことばっかり言うなあ……。
「あのさ、なんで親密度っていうか知ってる?」
「へ?」
「普通さ、好感度でしょ」
「ああ。そうだね」
それほど気にしていなかった。
「あれさ、好感度だったら、もうさ、最初っから私のやつ、MAXになっちゃうからだよ」
顔が赤いのは、酔ってるせいなのか、それとも……。
「だって、好きだもん。これ以上好きになんないもん」
告白されちゃったよ……酔った勢いとはいえ、その気持ちは知っているとはいえ、これは……。
「だからさ、好感度じゃないわけ。好きな気持ちだけじゃなくって、親密ってことはさ、二人の関係が段々と深まっているってことなの」
俺は黙っていたほうが良さそうだ。
スパークリングウォーターと、白ワインを頼む。もちろんワインは俺が飲む。せっかくのオマール海老だし。
実羽さんはもう、夜景も味もわからないだろう。
「だから、いいの」
「何が……ですかね……」
オマール海老を乱暴にナイフで切り、でっかい口で頬張る。そんな豪快に食べるものじゃないんだけどなあ。
「もらい」
「ああっ」
白ワインを奪われた。間接キスがどうとかいう雰囲気ではない。
「はー。うめ」
酔ってるなあ……。
「だからさ、私とはさ、ずーっと、ずーっと、親密度が上がっていくじゃん。他の子は毎回リセットされるけど、私は覚えてるから」
フォークで人を指すのは、やめてください……。
「だからさ、次もさ、その次でも、その次の次の次でも、いいの。どんどんどんどん親密になっていくの。そんで、私がロトを攻略する。いつかね」
俺は、赤ワインを頼む。二人分。
「フォアグラと牛ヒレ肉のソテーだから、赤ワインを飲もう」
「おい、こら! 聞いてたのかよ、今までのをよー」
聞いてたよ。こちらから何も言えないくらいに。
「ありがとう。実羽さん。ちょっとホッとした」
「なんだよ、ホッとしたってよー」
「俺さ、攻略するの、怖かったんだよ」
「……」
「また1年からスタートしたときにさ、そこに桜が咲いているのと同じくらい、実羽さんがいるのは当たり前だと思ってるのにさ、いなかったらどうしようって。攻略して、もう会えなくなったらって」
「へ、へえ。フォアグラって美味しいな……」
「好きになればなるほど、別れがツラくなる……特に実羽さんは、話しちゃいけないとはいえ、前のことも知ってる。もう10何年の付き合いになってる」
「わ、ワイン、おいひ~」
「だから俺も、ずっとずっと、親密になりたいよ。なり続けたい」
「な、なに恥ずかしいこと言ってんだよ」
実羽さんが言ったんだよ。俺よりよっぽど恥ずかしく。明日、記憶が残ってたら、ベッドの上で転げ回るんじゃないかな。
「実羽さん、俺も好感度MAXだよ」
「……それはちげーよ」
「え?」
「私がロトを攻略するときは、今より、ずっとずっと、ずーっと私のことを好きになってるんだから」
「……楽しみにしてる」
「ん」
食事が終わって、実羽さんはタクシーで帰ってもらった。ふらふらしてたからね。
「クリスマスプレゼント貰っちゃったな」
レストランの前で、イルミネーションを見ながら、俺は心が温かくなっていることに感謝した。




