異世界メモリアル【6周目 第16話】
結論から言って、菊花賞で次孔さんに言うことは出来なかった。有馬はキャンセルさせてくれなんて。
馬券を握りしめて、
「これを当てて有馬の資金にするんだー!」
と言われては何も言えない。
菊花賞の終了時に、ぴょんぴょん飛び跳ねながら、
「当たった! 当たったよぉ~! これで一緒に有馬、出来るね!?」
と大喜びされて、やっぱやめようなんて言えるわけがない。
無理だ……。そして、今更だけど、本当に今更だけど、次孔さんはめちゃくちゃ可愛い……。
実羽さんに言うか……。
いや、どうしようかな……。
実羽さんさえいればいいって、そう思ったはずなのに……。
決めた。
俺は決めたぞ。
男らしく決断したぞ。
「舞衣、どうしたらいい!?」
「……え? 何が?」
「クリスマスに一緒にいるべき相手は、次孔さんと実羽さんのどちらがいいんだろうか!? 俺は男らしく妹の言う通りにすることした!」
「サイッテー」
「頼りにしてるんだ、妹を! 俺の唯一の味方を!」
「最低。もー本当にサイッテーだよ。そういうんじゃないよー、もー!」
「えっ。んー。あっ、そうか。わかったわかった」
「本当にわかったの?」
「二人とも好きだけど、一番好きなのは舞衣だよ」
「そ、そ、そういうことじゃなーいっ!!」
間違えたのかな。
でも、ちょっと嬉しそうだけど。
「お兄ちゃん。ちょっとそこに座りなさい」
「座ってますよ」
「あのね、次孔さんに好かれるにはどうしたらいいの、とか。好かれるためのステータスを向上させる方法は、とか。そういう役割でしょ」
「う、うん」
「一番聞いちゃいけない質問は、誰を攻略したらいいの、だよね。それは、というか、そこだけは絶対に自分で考えなきゃ駄目だよね?」
「あ、うん」
「あ、うん。じゃないよっ!? もう六周目だよ!? 今更何を言ってるの!?」
「いや、今度こそ、妹を頼ろうかなって」
「バカ! アホ! ロト!」
「いや、ロトは悪口じゃないから……」
むしろ勇者の名前だから……俺のせいでディスり言葉になるのは、いくらなんでも偉大なゲームを作ったクリエイターに対して心苦しい。
「どっちにするの」
「……」
「どっちが好きなの、とは聞かない。二人のどっちを攻略するの」
「いや、それは……」
「どちらにもいい顔をして、このまま誰ともエンディングを迎えないで、もう一回三年間をやり直すつもりなの?」
「……」
「それならそれで、今すぐ死ねばいい。全財産でアイテム買って死ねば?」
厳しい……そのとおりだけど厳しい……。
これはどうやら、本気で怒らせたな。
でも俺は、すぐに決断することなんて出来なかった。
とりあえず先送りにして、ほかの女の子とのデートを繰り返す。
「ロトさんは、相変わらず料理が上手になりませんね」
「そうだね」
そうだよな。沙羅さんを攻略するなら、料理が出来なきゃ駄目に決まってるよな。
今から料理だけに絞って、間に合うかどうか……。
「大学でレイプされたいけど、一緒の大学には行けそうにないね」
「そうだね」
大学でレイプされたいという謎の欲望はあっさり無視して、俺は頷く。
来斗さんを攻略するなら、当然文系学力がもっと必要に違いない。
これから上げるのは厳しいだろうな……。
「にゃはははは。ロトっちは男にモテるでしょうねえ~。女の子にモテるにはちょっとセンスがアレだけどさ」
「そうだね」
てんせーちゃんだって、やっぱり芸術センスがないと無理だろう。
そんなのとっくにわかっていたことだ。
容姿はもちろん有ったほうがいいが、極める必要などどこにもない。
つまり今回のプレイは普通に考えて下手くそ。舞衣が呆れるのも無理はない。
「な、なあ。舞衣。俺と恋人になるっていうのは……」
「ああ!?」
「ごめんなさい!!」
すぐに土下座した。
こえー。
舞衣さんこえー。
絶対無理だ―。
要するに、今回は二択になったのだ。
同じボランティア部の活動を通して、親密度を高めた相手である実羽さんと。
一度は軽蔑されたけどボランティア部で活躍したことで、部活動での活躍を評価して親密度が上がった次孔さん。
これだけステータスが高いのに、ほとんどそれを活かせない攻略対象になったことからも、いかに妙なプレイをしていたかわかるというものだ。
格好良いと言われたいというだけの気持ちで、この二年間近くを過ごしてしまったな。
とはいえ、当然だが二人のことは大好きだ。
消去法で仕方なくどちらかを選ぶなんて、そんな訳はない。
むしろ、好きすぎると言ってもいい。
好きすぎて、会えなくなることに耐えられない。
今でも、無性に会いたくなることがある。恋い焦がれることがある。
ニコ・ラテスラに。
江井愛に。
寅野真姫に。
庵斗和音鞠に。
ふと、思い出して枕を濡らすことがある。
寂しくて、酒に逃げることもある。
本当に幸せにできたのかと、不安になって悶えることだってある。
実羽さんか。
次孔さんが。
そうなってしまうことに、耐えられるのだろうかと。
7周目のときのことを考えると、怖くて怖くて食べ物が喉を通らない。
好きなのに。
こんなに好きなのに。
これから一年、もっともっと好きになって、そして会えなくなるなんて。
こんな二択ないだろ。
「はー、ほんっとクソゲーだ」
つい漏らしてしまった愚痴を、妹は聞き流した。
その後、残ったご飯を、何も言わずにおじやにしてくれた。
俺は黙って食べて、泣いた。




