異世界メモリアル【6周目 第11話】
爆弾どころではない。
誰かが怒ってるという話ではない。
もう教師やモブも含めて、すべての人間が俺を嫌っている気がする。
なんなら飼育されているウサギすら俺を嫌いまである。
廊下を歩くと「ロトを見るな、目が合ったら孕まされるぞ」などと言われる。
トイレに行こうとするだけで「ロトが女子トイレで誰かを犯そうとしている」と陰口を叩かれる。
もはや生きててごめんなさいだ。
次孔さんはいつも俺の背後におり、犯罪者予備軍として見張っている。
あれほど目を輝かせて、スターを見るようだったのに、いまや親の仇を見る目だ。
どうしてこうなった、と思うほどアホではない。その理由は明白だから。
その原因となった来斗述は、唯一俺を見たら近寄ってくる存在だが、俺と来斗さんが会話をしようものなら周囲から悲鳴が上がる。
この学校においてロトという存在は、もはやヴァンパイアとかメデューサとかの扱いだ。顔の美しさに騙されて近寄ると殺される。そんな認識になっているようだった。
こういうときに助けてくれそうな生徒会長、星乃煌は今回まだ出会っていない。せめて「わははは! バカだ! バーカバーカ!」などと指差して笑ってくれれば、少しは楽になれそうだが。
唯一絶対の味方であるはずの妹も、引きつった笑顔で「あれ~? 格好良いからモテるはずなのに、どうしてだろうねぇ~」などとわざとらしく皮肉を言うだけ。どうやら本気で怒らせたらしい。
ならば行く場所はボランティア部しかない。
部室の前で、キョロキョロと周囲を見渡して誰も見ていないことを確認してからノック。
完全に曲者のそれだが、見られてしまうと彼女に迷惑がかかる。
「また来たの?」
「ごめんな」
「いいけど。せっかくイケメンになったのに、女の子とデートしなくていいの?」
「俺と話してくれるなんてボランティアでもなければ無理だよ」
「別にボランティアで話してるわけじゃないんだけど」
話し相手は言うまでもなく、実羽映子だ。
彼女は俺と同じ転生者であり、俺がギャルゲーの世界としてこの世を生きているのに対して、彼女は乙女ゲームとしてこの世を生きている。
仲間だからだろう、こんな事態になっていても俺に対して優しく笑いかけてくれる。
「でも俺みたいな顔だけの男は嫌いでしょ」
この実羽さんを攻略するならば、容姿を上げる必要はない。
もともとはイケメンが大好きだったのだが、いまやイケメンに囲まれすぎて嫌いになってしまったということだ。俺は美少女を嫌いになることはないです。
「俺様は格好良いんだ、みたいな態度は嫌い」
「ま、今の俺ほど格好悪いやつもいないと思うけどね」
「そういう自分を卑下する態度も嫌い」
容赦なく嫌いと言われてしまう。
残念ながら当然、だが。
「嫌いな相手とこんなに話してくれるなんて、ボランティアとしか言いようがないだろ」
彼女はボランティアをすることによって、いい事をすることによって生きている。徳を積まないと死んでしまう乙女ゲームなんだって。大変だね。
「ロトのことは嫌いじゃないよ」
「えっ……」
以前から好かれているとは思っていたが、さすがに幻滅したのでは?
今、俺に幻滅していない人なんている? ウサギすら幻滅しているよ?
「嫌いなのは、生まれたときからたまたま顔がいいだけで調子に乗ってるやつ。ロトは一生懸命に格好良くなろうと努力したから全然違うと思うけど」
「実羽さん……」
救われる。本当に救われる。
俺は、そういう言葉を待っていたんだ。
舞衣は言ってくれなかった。絶対の味方とか言ってたけど、言ってくれなかった。
「でも俺も調子に乗ってバカなことやって……」
「調子に乗ったままのバカは嫌いだけど、調子に乗ってたことを反省するバカは嫌いじゃないよ」
「実羽さん……」
救われる。超、救われる。いっそ生き返る。俺はいままで死んでたのだ。復活だ。
俺は、こういうことを言ってくれる人が欲しかったんだ。
舞衣は言ってくれない。絶対の味方のはずだけど、言ってくれない。
見た目はヤンキーっぽいというかちょっと怖い美少女だけど、今は女神に見える。
いや、ぶっきらぼうだけど、優しい口調なのが見た目とピッタリか。本当は優しくて思いやりがあるタイプだよ。
「部活、入ってないんでしょ」
「ん? うん」
「ボランティア部、入ったら。ほら、いい事してたらさ、みんなも見直すかもしれないし」
「じ、実羽さん……」
ちょっと恥ずかしそうに入部を勧誘してくれた。しかも俺のことを考えて。
でも。
「俺みたいなヤバい奴がいたら、迷惑だと思う。実羽さんまで後ろ指刺されることになったら……」
「なにそれ。泣いた赤鬼? いいよ、そんなの。気にしないよ。一緒にボランティアしよ?」
こんなの、断れるわけがない。
違う、是非やらせて欲しい。
「うん、するよ。俺、ボランティア」
「おっけ。老人ホームのおばあちゃんからモテモテになると思うよ、ロト。見た目だけはいいからね」
「ははは、やっぱり容姿を鍛えておいてよかったな」
「ふふっ」
こうして俺はボランティア部に入った。
久しぶりに清々しい気持ちで家に帰ることができた。
部活がんばるぞー。
久しぶりに元気に玄関を開けて靴を脱ぐ。
「悪かったね! お兄ちゃんのバカ!」
帰宅したら舞衣の機嫌は最悪だった。
ここまで不機嫌なのは初めてだ。
図書室での暴言があった日よりも不機嫌だ。なんでだよ。
まぁ、いいや。
俺には女神がついている。
「なぁ~にが女神だ。んも~、くあーっ」
ブツブツ言いながら、いなくなった。
食卓には、食べ終わった食器だけが放置されている。
これは完全にへそを曲げたな……妹はよくわからん……。
俺は実羽さんのことを考えて口笛を吹きながら、洗い物をした。




