異世界メモリアル【6周目 第8話】
「で。どういうことなの?」
「どういうこととは……?」
なぜだろう。
舞衣が笑顔なんだけど、怒っているような気がしますね。
「なんで、料理しないの」
「いや、そりゃしょうがないよ……」
正直なところ、俺もね、料理部に興味あったのよ?
次孔さんが遊びに行くって言うしさ。
妹のためにも、料理が上手になりたいと思ったしさ。
あと、なんかしら部活には所属した方が有利だし。
そう、思っていたんだが。
その前にエンカウントした人物が居た。
「うっわー! イケメンだ。イケメンがいる!」
人通りの多い玄関口で、初対面でいきなり大声でイケメンを連呼して、まじまじと大きな丸いメガネをいじりながら顔を覗き込んでくるような女の子といえば。
そう、画領天星こと、てんせーちゃんである。
「いや、それほどでも」
と露程も思っていない謙遜をする。そう、俺は紛れもなくイケメンである。うぬぼれではない。数値でわかっているのだから。
「いやいやいや、こんなカッコいい人初めて見たでござる」
壁に押し込まれて、胸を押し付けられて、ガン見される。
壁ドンならぬ、壁プニである。お腹のあたりが気持ちいい。
壁プニされて、顔を褒められたら浮足立って当然だと思いませんか。
自分で自分をカッコいいと確信してしても、可愛い女の子にルックスを褒められるということは本当に嬉しいことなのだ。生まれたときからそうであるやつはどうか知らないが、俺はようやく、ようやくその状態になったんだ。
ブサイク過ぎて次孔さんに写真を撮ってもらえなかった俺が。
眼鏡の奥でキラキラさせている瞳に向かって、
「ははは、キミも可愛いよ」
こういう歯の浮くようなセリフもそりゃスラスラ出ますよ。イケメンがモテる理由がよくわかる。要するに自分が容姿を褒められることが多いから、女性にも褒めるきっかけが発生するわけだな。
「あひゃー、イケメンに褒められたーっ!? 恐悦至極じゃよー」
両手で頬を挟み、腰をくねらせた。
てんせーちゃん相手だと、こういうリアクションだから褒めやすいということもある。
沙羅さんとかに言うのはちょっと緊張する。
てんせーちゃんはいわゆる美人というタイプではなくて、人懐っこい可愛さというか、たぬき顔なところがチャーミングだ。表情も豊かでアクションも大きく、話していて本当に楽しい相手だ。
「ねえ、イケメンさん」
「ははは、嬉しいけど俺のことはロトって呼んでくれ」
「じゃあロト様」
カッコいいと呼び方も変わるんですね。様なんてつけて名を呼ばれるのは始めてだ。
「マイネームイズ、てんせーちゃん」
「よろしく、てんせーちゃん」
「よろしくおねがいいたしますわ、ロト様」
貴族のようにスカートをつまんで礼をした。こういう癖のある行動に違和感が無い。
「それでぇ、ロトさまぁぁん」
猫なで声を出しつつ、過剰に胸を押し付けながら、人差し指で俺の胸をくりくり付いてくる。
てんせーちゃんからしたら、ふざけてからかってるのかもしれないが、本人が思っているよりも彼女はカワイイし、おっぱいも大きい。こうかはばつぐんだ!
「おねがいがぁ~、あるんですけどぉ~」
こういう媚び媚びの態度が似合ってしまうのが、てんせーちゃんだ。まったく鼻につかない。
「な、なにかなマドモアゼル」
紳士であろうとするあまり変なキャラになっていくぞ。
「てんせーちゃんはぁ、美術部なんですけどぉ~。人物画のモデルを探しててぇ~」
首に甘い吐息をかけないで!
いや、かけて。
やっぱりもっとかけて。
「イケメンのロト様にやって欲しいなぁ」
乳首を指でいじらないで!
いや、いじって。
やっぱりもっといじって。
「だ、め?」
「いいに決まってるじゃないか」
即答。
即答せざるを得ない。
「やったー! よっしゃー! うし、うし!」
飛び跳ねて、ガッツポーズを大きく二回。この猫をかぶっていたことを隠さないところがいい。この露骨に喜んでいるところもわざとやっているんだ。
「じゃ、前田慶次の衣装を用意してますんで、どうぞこちらに」
「準備万端だね」
さすがてんせーちゃん。チョイスもさすが。最初から前田慶次かよ。
俺は歴史好きというわけではないが、ゲーマーなので戦国武将と三国志の武将だけは詳しい。
美術部に移動し、着替え終わると、てんせーちゃんがすぐに入ってきた。なぜ着替え終わったことに気づいたんだ……。
「かっけー! 超かっけーっすよロト様! マジ傾奇者」
「ぷかー」
「煙管も様になってますね! さすがロト様!」
俺を絶賛しつつ、絵筆を走らせていく。
確かにこの派手な衣装は、絵にすると派手でいいかもしれない。
「いやー、ありがたいなあ。次も楽しみだなあ」
「えっ」
「次の衣装も発注済みなんで、ホント助かります!」
「いや、俺はそういうつもりでは……」
「あ、ミニスカートなのにそれを全然意識しないで動いちゃってごめんなさい。絵を描くのに夢中すぎて。いっつもこうなんですよ~」
「てんせーちゃん、俺はいつでもモデルをさせてもらうよ」
……ということがあって、俺はすっかり料理部ではなく美術部に入り浸るようになった。
「じとー」
じとー、と言いながらジト目で見てくる舞衣。呆れているように見えますね。
「なんだよ? イケメンがモデルをするってのいうのは社会的責任なんだよ。ノブレス・オブリージュなんだよ」
「ふーん。まあ誰とイチャイチャしてもそれは自由なんだけど」
それを応援する立場だと思うんですけど……? なんで不機嫌なの?




