異世界メモリアル【6周目 第5話】
「ちょっちょっ、勝手に食べないでよ」
実羽さんとのデートの朝、お弁当を作っていると舞衣が勝手にきゅうりちくわをつまみ食いした。
「いまいち」
勝手に食べておいて文句を言うなよ……
「きゅうりちくわは作ってから時間が経った方がうまいんだよ」
「ふーん。じゃあこれは出来たての方が美味しいでしょ」
「だから食べないでよ!?」
「ふーんだ。私のう巻きの方が全然美味しいし」
卵焼きを口に入れてから去っていった。
なんなんだ一体……じゃあ食うなよ……。
しかしお弁当に入れる砂糖を入れた卵焼きと、う巻きと比べられるのかよ。
うなぎはこの世界においてそれほど高級品というわけでもないが、生きた状態でしか手に入らない。
うなぎを捌いて蒲焼きにするのはかなりの修行が必要なはずだが……どんだけみんな料理が出来るんだよ、この6周目の世界は。
それにしても最近妹君はご機嫌斜めというか、どうも子供っぽいような気がする。俺の料理が下手なせいだろうか……
「いってきま~す」
「……」
無視かよ……いや、わざわざ玄関まで顔を見せに来てるのだから、無視じゃないんだろうが、じゃあなぜ「いってらっしゃ~い」がないのか。デートに行くときは応援してくれるはずだったのだが。
まさか6周目になって設定が変わった……いや、そもそも本当は別人とか……うーん。
そんな心配事で頭をいっぱいにしているのも、実羽さんに会うまでだった。待ち合わせは登山口前の駅の改札だ。
「あ、ロトさん」
俺に気づいて、小さく手を振る実羽さん。
パッと見はイケイケのギャルに見える派手な茶髪の女の子が、ハイキングの格好をしているのってギャップ萌えなんだよなあ~。
ハイキングシューズとかリュックサックが、なんとも可愛い印象を受ける。
ランドセルを背負ったときはギャップはあったけど、ありすぎて引いてしまったし。
「どうしたの?」
小首をかしげると尚更に可愛らしいが、ここはなんと答えるべきか。
重要な選択肢だぞ。
1.待たせてゴメン
2.似合ってるよ
3.見惚れちゃった
1が無難かな……
2はちょっと嘘なんだよな。似合ってないのがイイんだよ。
3か……恥ずかしいが、一番正しいというか、本音という感じだ。
うーん、やはりここは3だろ。ロトは勇者の名前だ。
「えと、見惚れちゃって……」
「え……嘘、嬉しい……」
え……嘘、可愛い……っていうかそこまで嬉しそうに笑ってくれるとは思わなかった。
だってイケメンにいつも囲まれてるし。言われ慣れているのでは?
「イケメ……じゃないや」
あぶない。彼女が乙女ゲームの世界にいるというのは言ってはいけない情報だった。
「実羽さんは結構、男から言われるんじゃないの。そういうの」
「うん……」
否定はしないよね。これは調子に乗ってるわけじゃないのよ。本当によく言われているからなのよ。
「でもあの人達、普段から挨拶みたいに言ってるだけだから」
そういうものかもしれない。軽いというか、ありがたみがないんだな。
「ロトさんは……本当な気がして」
「う、うん。本当に見惚れてた」
「へへ」
長い髪をくるくると指でいじった。恥じらいのポーズだろうか。俺も後頭部をぽりぽりと掻いた。
気恥ずかしい雰囲気のまま、登山口へと歩く。
「ハイキングコースは三種類あるんだね」
「うん」
舞衣と一緒に行ったのは一番なだらかなコース。目的は登山じゃないので、他のコースに行く必要はない。
「このコースがいいな」
「えっ」
実羽さんは上級者コースを希望した。なんでまた。
格好が結構本格的なので、実は登山が好きなのかもしれない。
と、思っていたのだが。
「ごめんね」
「いや、全然」
結構初心者だったらしく、俺が先行して歩き、段差の大きいときは手で引っ張って持ち上げて進むことになった。
運動能力に恩恵を受けてなかったら、無理だったな……。
「きゃあ」
「あ、あぶない」
足元のバランスを崩した実羽さんを、抱きしめる。手だけではとてもじゃないが、彼女を支えられないので仕方がなかった。
細いなあ……
「っと。ごめん」
ちょっと抱きしめすぎたか。
しかし、やっぱり後悔してるんじゃないかな。こんなコース選んじゃって。
「……やっぱり正解だった」
「え?」
ぼそっと耳元で言った言葉は、当然聞き逃すことはない。しかし、後悔してると思ったのに、真逆のことを言ったので、つい聞き返してしまった。
「ふふっ。また転びそうになったら助けてね」
「う、うん。もちろん」
うん、俺もこのコースで良かった気がする。
山頂についたときにはお昼を過ぎており、腹はペッコペコだった。
「うわ~、美味しそう~」
「正直、自分でもうまそうに見える」
「あはは」
空腹は最高のスパイスというし、このコースは正解だったのかもしれない。
なんの変哲もないおにぎりが、食いたくて仕方がないからな。
「あー、懐かしい~、きゅーちくだー。あはは、美味し」
実羽さんも、楽しそうに食べてくれて何よりだ。
「うん。この前よりうまい」
我ながら美味しい。前回よりも疲れているからか、空腹だからか。
「……この前って?」
「ああ。妹と来たんだよ。先週」
「ふ~~~~~~ん。私より先に、別の女の子と来てたんだ。ふ~~~~~~ん」
「ちょ、ちょっとちょっと。妹だって」
「ロトさんの妹好きは、よく知ってるからね」
「ぐっ」
実羽さんは俺のことをよくご存知だ。
「どう? そのときと比べて」
俺をいじめるかのように、にやにやと口を歪ませる。そういう顔すると本当にヤンキーみたいだからやめてくださいよ。
「今のほうが、ウマいと思う。実羽さんが、お腹が空くコースを選んでくれたおかげで」
「お腹が空くコースか。あはは、そういう効果もあったんだ」
実羽さんはレジャーシートにごろーんと寝転んで、太陽を浴びながらおにぎりをパクついた。俺もそうしよう。
「美味いなあ、俺の弁当」
「うん。おいしい」
「楽しい、ですかね」
「うん。楽しい」
「最高?」
「うん。最高」
最高だなあ。
何食ったって美味いや。
ステータスがある程度高い状態で始まった、六周目のこの世界で。
ステータスを気にせずに付き合うことができる、実羽さんの存在がなぜか大きかった。




