異世界メモリアル【6周目 第4話】
「五月なのにもう素麺? とか嫌味言われててさ」
「あはは、夫婦みたい。お兄ちゃんは大変だねえ」
お茶を飲みながらの、ゆったりとした時間。
心が安らぐ。
俺は家庭内の愚痴を、実羽さんに聞いてもらっていた。
五月末の現時点で、出会っている女の子は実羽さんだけだった。
部活に入らず、容姿コマンドしか使っていないからね。
「ちゃんと青じそ刻んだやつと、梅干しと、擦りたての生姜、ごまと、ラー油まで用意したんだよ?」
「あー、そういうスタンダードなの懐かしいな。最近はオリジナルでつゆを作るもんね。合鴨で出汁を取ったり」
「わ、嫌味?」
「違うよ~、ほんとに食べたいと思ってるってば。この前言ってた卵焼きとかも。砂糖とか逆に斬新」
「じゃあ、来週ピクニック行こうよ。お弁当持って」
「え。う、うん」
実羽さんは長い茶髪を手で梳きながら、白い頬を赤らめてはにかんだ。
自然に、ごく自然にデートに誘ってしまった。
実羽さんは俺と同じで転生者だと知っているため、デートに誘うのは他の女の子よりも恥ずかしいのだが。
十年以上もデートに誘い続けている生活なので、さすがに慣れてきたかもしれない。
最近はあまり断られないしな。
断りまくられた江井愛が懐かしいな。
「なにこれ、小学生のお弁当みたい」
「お、そう思うか」
舞衣の夕飯の感想は、少し嬉しいものだった。
卵焼きにアスパラガスの肉巻き、ほうれん草の胡麻和えといったラインナップ。
ご飯はわかめの混ぜ込みご飯だ。
これぞ手作り弁当って感じだぞ。
「褒めてないんだけど……」
「そっか」
「お味噌汁もないし」
「ピクニックには持っていけないからな」
「えっ、ピクニック?」
少し声が弾んだ。
この献立の理由を言えば、喜んでくれるかもしれない。
「これはピクニックのための練習用献立なんだ」
「あ~、なるほど。最近暖かいしね。そっか、外で食べたらお兄ちゃんの料理でも美味しく感じるかも」
「そうだろそうだろ。だからピクニックデートってわけだよ」
「んも~、だからお兄ちゃんは私を攻略しなくていいから、女の子とデートしなよ」
「うん。来週、実羽さんと行ってくる。これはその練習」
「……え」
舞衣は、ぽかーんと口を開けた。どうしたんだろ。
「どうした?」
「いや、あの、えっと、あー、一年目の五月でもうデートとかスゴイじゃん」
「う、うん」
おかしい。定例以外でここまでゲーム感たっぷりの発言をするなんて。
「まさか、俺が誰かとデートするのイヤとか?」
「そ、そんなわけないじゃん! むしろ応援するよ」
「だよな」
表情から察するにそういうことかと思ったが、そうではなかった。そりゃそうなんだよな。
となると……
「じゃあ、俺とデートしたかったとか」
「いや! いやいやいや、ピクニック行きたいとか全然思わない」
「だよね」
舞衣は今まで幾度と無くデートに誘ったが、それを快く応じたことはない。
当然だ、彼女は自分ではない女性を攻略するためのサポート役なのだから。
俺は自分が間違っていないことを再確認して、えびシューマイを食べる。うまい。普通にうまい。
「……むー」
なぜ不機嫌なんだ……
「あのー、絶対の味方の舞衣さん」
「なんですかー。お兄ちゃんの絶対の味方の舞衣ですけど」
絶対の味方さんにしては、冷たすぎない?
やはり夜飯が気に食わないのでしょうか。
えびシューマイにはぶっすりと箸が刺さっており、その状態のまま宙を泳いでいる。お行儀悪いですよ。
「そんなにマズいですかね。えびシューマイ」
「そうですねー。お天道様の下なら美味しいかもしれないですけどねー」
「……ピクニック行きたいとか全然思わないんだよね?」
「思わない。もちろん、思わない」
あれ~?
なんか俺間違えてるのかな~?
ちゃんと選択肢出してくれないと困るんだよなー。
いや、そりゃコマンドで妹の機嫌を取る必要はないんだけど。
でも、この絶対の味方は。
一番大事なパートナーだから。
唯一、妹のアドバイスがなくても、自分で考えないと。
だから俺は、自信はないけど、舞衣との関係回復を試みる。
「ねえ、舞衣。お願いがあるんだけど」
「うん」
「やっぱり来週のピクニックは自信がないんだ。この料理が外で食べたら本当に美味しいのか試してもらえないかな。今週末に」
ぱくっと、箸に刺さったえびシューマイを口に放り込み、
「しょうがないなぁ~」
と笑った。
わかる。どう見ても機嫌が治ったことがわかる。
そうか、そうだよな。
つまりそういうことだ。
絶対の味方って言ったのに、全然頼ってないということが不満だった。
これしかない。
よかったー、あってて。
思い返してみれば、最初の頃は頼りっきりだったもんな。
あれは俺にとっては情けない思い出だけど、舞衣にしてみれば頼られてて誇らしい気持ちだったのかもしれない。
呆れられることも多かったが、内心まんざらでもなかったということだろう。
よし、これからも全力で妹のいいなりで生きていこう。
その週末、二人で小さな山の登山コースでハイキングを実施。
山頂の休憩所で緑の山々を見ながら、俺のつくったお弁当を食べた。
「どう?」
「家で食べるより全然美味しい!」
「それはよかった」
楽しいデートになってよかった……いや、違うな。
これはデートではないのだ。
情けない兄貴が、妹に頼んでしてもらった予行練習だということを肝に銘じなければならない。
「舞衣、来週の実羽さんとの本番はもっと楽しいデートにするよ」
「……本番……これは練習……」
うつむいてしまったので顔は見えないが、これで間違いないだろう。
パーフェクトコミュニケーション!
ハイキングの帰り道はやたら舞衣の脚が早く、ほとんど会話がなかった。
機嫌が悪いわけがないのだが。
きっと楽しすぎて、脚が軽やかだった。そうに違いない。
実羽さんとのデートに一話使うか、一行で終わらせるかを考え中w




