異世界メモリアル【6周目 第2話】
「むっすー」
家に帰ったら、露骨に妹が怒っていた。
怒っている様を表す擬音を口に出しているほどに。
「あの、舞衣さん? なぜ怒っているのでしょう」
新しいプレイが始まったばかりなのに、パートナーがお怒りになっているというのはヤバい。すぐにゲームオーバーになっちゃうよ。
まぁ、すぐになる分には別にいいんだけど。バッドエンドになることで失われるのはそのときのプレイ時間だけだから。
「帰り遅かったね」
「う、うん」
帰宅が遅くなったのは実羽映子さんと一緒にいたから、だ。
攻略対象と仲良くしていることは、この恋愛ゲームのパートナーである舞衣にとっては歓迎すべきことのはずだが。
いや、一度は舞衣も攻略対象となったことがある。
つまり、実羽さんと同じように今回こそ自分を攻略して欲しいと思っているがゆえの嫉妬……
「ち、違ぁーう!」
何も言っていないのに、否定されてしまった。
ひょっとして妹は俺の考えをすべてわかってしまう能力をお持ちなのでは……そう考えると恥ずかしさで死んでしまう。
今まで夜に訪ねてきたときに、この服は可愛いとかこの髪型が可愛いとか、とにかく妹が可愛すぎて幸せとか思ってることがバレバレだとしたら……あわわわ
「別に帰りが遅くなったのはいいの! 理由が問題なの!」
舞衣はますます顔を赤らめて怒りを表明した。
理由?
なんで俺の帰りが遅い理由を知っているの?
やっぱり超能力をお持ちなんじゃないですか。
戦々恐々としている俺に、舞衣は表情を神妙なものに変化させる。
「顔を合わせづらいなんて思わないで」
……ブサイクな顔を見せたくない、と思っていることか。
「絶対の、絶対の味方だから」
絶対の味方……なんと有り難いことだろう。
この世界は一生添い遂げるつもりになった恋愛相手と別れてまた次の恋愛をしていくという、とんでもない世界だ。
攻略対象の女の子は、前回と異なる様子に変わってしまうこともある。あのときの次孔さんのように。
だから、信じられるものが。
決して裏切られることがないと思えるものが、あるということが。
嬉しくて、嬉しくて。
有り難くて、有り難くて。
「わかった?」
「うん、うん」
泣きながら、頷いた。
やっぱり持つべきものは妹。
「じゃあ、食事にしよっか」
「うん」
もはや住み慣れた我が家のダイニングへ。
舞衣と俺の席もとっくに決まっている。
そして料理についても、最近は日本の家庭料理だから、安心だしな。
バレーレの味を思い出しつつ、味噌汁を啜る。
「うまっ!? え、うまっ!? え? ええ?」
「褒め過ぎだよ、お兄ちゃん」
味噌汁をためつすがめつするという、初めての経験。
「伊勢海老の出汁だから、美味しいでしょ」
「あ、そう。伊勢海老。へえ」
納得しながら、ご飯を食べる。
「んん!? え、ええ?」
ご飯を二度見。
こんなに美味しいご飯を食べたことがない。
「どうかした? おこげ欲しかった?」
「おこげ? おこげって普通出来ないよね?」
「今日は出来ないように炊いてるけど」
しれっと言うが、要するに炊飯器で炊いていないということだろう。
こうなると、この何の変哲もないお漬物も……
「あぁ~、うまい……なんて美味いんだ……」
「お兄ちゃん、大げさ。ただのぬか漬けでしょ」
ただのぬか漬けの旨さが異常。悶絶するほど美味しい胡瓜なんて、初めてだ。
ぬか漬けと味噌汁とご飯だけあれば幸せだというのに、なんと煮物まである。これは一体。
「あ、ああ……」
もはや何も言葉が出ない。語彙力を喪失するほど美味しい。
「飛竜頭くらいで大げさだよ」
だからこそなんですが。料理が上手すぎるだろ。
こんな地味な見た目なのに、あまりにも上品で深い旨みの出汁が効いた味が口いっぱいに広がる。
味噌汁は伊勢海老の出汁と言いつつ、伊勢海老そのものは食卓に無いのに、少しも文句を言う気がしない。
夕飯はひと口ひと口をじっくりと味わいながら食べ終えた。幸せだ……。
「お茶は俺が淹れるよ」
「ありがと」
煎茶は熱湯ではなく、80度くらいのお湯が理想だ。
一度沸騰させたお湯を、湯呑に入れて冷ましてから、急須へ。
「ほい」
「ん」
湯呑を渡す。
俺も一口。
うん、美味しい。
「ん~。お兄ちゃん、蒸らし時間が足りてないんじゃない」
「えっ」
確かにすぐに注いじゃったけど、そんなの分かるのか?
ここで俺の頭に電流走る。
この世界のステータスは、絶対なる指標だ。
容姿に関しては、リセットされて顔やら体型やらいろいろと変化する。運動能力も身体が変わっている。
周回が新しく始まるときに、俺の身体に変化が起きるか、もしくは世界の方が変化することでステータスが正しい状態になるわけだ。
昔は料理そのものが変化することで以前の料理スキルが役に立たなくなったが、今は日本の料理で固定された。
俺の記憶は無くならないので、料理はある程度出来るのだ。包丁さばきとかは下手になるとはいえ、経験した以上はどうしてもスキルはある。
だからお茶だってそりゃ、それなりには上手に淹れられるわけだ。
そうなると俺の実力とステータスと合わなくなってくる。
それでこうなったわけか。この世界の人達は、おそらく舌が肥えまくっている。
舞衣が料理上手になったわけじゃなくて……つまり、俺の料理スキルが低くなるくらい、相対的にみんな料理が上手な世界になったんじゃないだろうか。
と、言うことは……沙羅さんが作る料理は、とんでもなく美味いってことだ……。




