異世界メモリアル【6周目 第1話】
六周目となりました。
よろしくおねがいします。
またやってきました、真っ黒な世界。
六周目だな。
こうなってくると、いつもどおりであることにホッとする。
ここに来て剣だの魔法だのモンスターだの、世界の危機だの魔王だのゴブリンだのアビスだの言われたら怖くて仕方がない。
「あなたはロトだね。特技『理系の心得』と『世界の基礎知識』と『運動の心得』、そして前回プレイのアイテムを引き継ぎます。また、前回でのエンディング時のステータスからボーナスをポイントを算出します」
相変わらずの無個性な言葉とともに前回終了時のステータスが脳裏に浮かんでくる。
【ステータス】
―――――――――――――――――――――――――――――
文系学力 589
理系学力 601
運動能力 532
容姿 854
芸術 729
料理 641
―――――――――――――――――――――――――――――
容姿が高く、次に芸術で基本的に高めというなかなかのステータスだ。理想的なモテる芸能人のようなものだな。実際のところモテモテでしたね。やっぱり見た目が大事なんだよ!!
「容姿に+150のボーナスポイントが付与されます。そして容姿が倍の早さでアップする特技『美容の心得』を取得しました」
そうかもしれないな~とは思っていたが、鞠さんは容姿ヒロインだったようだ。これだけ容姿が高いのに会っていないのは不自然だし、他に相応しい相手もいなかったしな。
でも最初に会ったのがゴルフ部だったので自信が持てなかったんだよなあ。
鞠さんの攻略に重要なステータスが何かもわからなかったので、効果的である可能性の高い演劇部に勤しんだためバイトをろくにしていないから、お金を稼げなかったのでアイテムも買えなかった。
「初期ステータスを確認して、ボーナスポイントを振り分けてください」
【ステータス】
―――――――――――――――――――――――――――――
文系学力 75
理系学力 111
運動能力 163
容姿 165
芸術 15
料理 15
ボーナスポイント 100
―――――――――――――――――――――――――――――
……どうしようか。
今までは生きていくためとか汎用的な攻略のことを考えてやっていたんだが、こうなってくるともうボーナスポイントが攻略相手を決めてくる。
要するに、今ここで全部料理に割り振るということはすなわち、沙羅さんを狙って行くということに他ならない。
ギャルゲーの場合、五周目六周目ともなれば大体キャラクターを理解しているのでプレイ中に次に攻略したい相手がいると思うんだが、この世界の場合はそう簡単ではない。
攻略するということは成仏させるということであり、会えなくなるということだからだ。もちろん、彼女たちはそれで幸せなのでいい。問題は俺が寂しいというだけ。
ニコ、あいちゃん、真姫ちゃんに会えないことはとてもつらい。
そして鞠さん。彼女にももう会うことはないのだ。
本気で好きになったら、幸せに暮らしましたとさでいきなり終わらされるんだ。
ここで誰かを選ぶ……
目を閉じてても開けていても変わらない景色の中、俺はぼんやりと虚空を見つめて考えるが……
……保留だな。
妹もいない暗闇で考えたってしょうがない。
もちろん理系と運動と容姿は倍速で向上するのだから、そこにボーナスポイントを振るのはナンセンス。
他の三つにバランス良く振ろう。
どうせ半分のステータスが倍速で上がるんだ、どうやったってすべてのステータスは600までは上げられる。
【ステータス】
―――――――――――――――――――――――――――――
文系学力 95(+20)
理系学力 111
運動能力 163
容姿 165
芸術 55(+40)
料理 55(+40)
―――――――――――――――――――――――――――――
こんなもんか。
そしていつもの如く、突然の春一番からスタートだ。
当たり前だが、階段はさくさく登れるし、学校に張ってある掲示物くらいは読める。この当たり前はとても重要だ。
だが今までで一番しんどいのが、意外かもしれないが顔だ。
「ブサイクだな……」
男子トイレの鏡を見て愕然とする。
容姿165は、スタート時点では従来よりも遥かに高いのはわかっている。
だが、ついこの前まで854だったのだ。はっきりいって、自分でも超かっこいいとわかるくらいにカッコイイ。そして、周囲も俺を見る目がハート。そういう状態だったわけだ。
そんな誰もが認める明らかな美形から、普通になるというのは結構キツイ。
以前のように、体力もないし字も読めない状態ならそんなことは些細なことだと感じるが、こうなってくると容姿が気になる。
さらに正直に言うと、家に帰るのが嫌だ。
舞衣と会うのが怖い。
他のヒロイン達は前回の記憶を無くしているからいいけど、舞衣は覚えているんだ。
カッコイイと言われていたときはそりゃもう嬉しかったが、今となっては重荷だ。
顔を合わせたときに、カッコよかったのにな~、と残念そうに見られたらと思うとツラすぎる。
この状況で頼りになるのは、やっぱり……
ボランティア部の部室を尋ねる。
そこにいるのはもちろん、実羽映子という女の子である。
俺と同じ、日本からの転生者であり、普段美形の男子に囲まれているからむしろ美形が好きじゃなくなってしまったという特殊な存在だ。
しかも、俺のことが好きだという。これはうぬぼれではないのです、マジなのです。見た目じゃなくて中身を好いていてくれているのです。
さらさらした茶色の髪と、スレンダーなスタイルは良く言えばモデルっぽい雰囲気。穿った見方をすると、なんか早く結婚出産しちゃいそうな感じ。
なんにせよリア充とは程遠いゲーマーだった前世だったら縁のないタイプだ。
「こ、こんにちは~」
「あ、こんにちは」
毎回のことだが非常に照れる。
お互いによく知っているのに、はじめましての挨拶をしなければならないからだ。
ここで「五周目のときはごめんね~」なんて言おうものなら即、攻略対象から外れるのだ。
そう、五周目のときは早々に攻略方針について相談しており、親密度に表示されることすらなかった。その際に残念がってくれたわけだが。
「えっと、俺はロト」
「はい。私は映子。実羽映子と言います」
「実羽さん」
「ロトさん」
名前を呼び合って、微笑みあう。
ああ、恥ずかしい。
この儀式は、ひょっとしたら結婚式の誓いのキスよりも恥ずかしいかもしれない。
これは要するに、今回のプレイで彼女を攻略するかもしれないですよという告白であり、彼女はそのことによって喜んでいるのである。
五周目と違って、あなたとのエンディングを迎えるかもしれないですよ、と。そういう意味を持った自己紹介なのだ。なんと恥ずかしいのでしょう。演劇部だった俺でも、これは赤面不可避です。
それでもこうしてやってきたのは、顔がかっこ悪いと思われたらどうしようという不安がない相手だということともう一つ。
この育成ゲームの世界において、ステータスが重要視される世界において、彼女は、彼女だけは数字ではないところを見てくれるという特別な存在だからです。
「実羽さん」
「ロトさん」
ただ視線を交わすだけで。
ただ名前を呼びあうだけで、こんなにも嬉しい。
俺たちはうっかりフラグを消してしまうことがないように、少しずつ少しずつ話をした。




