異世界メモリアル【第18話】
久しぶりに妹とデートである。
といっても一緒に外出してくれるのはアイテムを買うときだけ。
バイト代が結構貯まってきていたので、学力向上アイテムを探しに来たのだった。
「合法なやつで頼むな」
右手でオッケーのサインをする舞衣。
事前に言わないと違法なアイテムを入れてくるので選択肢が狭まるのだ。
「学力向上! 舞衣ベストスリ~」
いつものように舞衣がアイテムを選んでくれる。
なぜかノリノリなのは可愛いけどさ。
いつも変なのが多いんだよなぁ。
1.生爪ハーガス 5万円
2.強制睡眠学習機 20万円
3.萌える参考書 ~ねえ、妹と暗記しよっ~ 20万円
「……舞衣、説明を頼む」
俺はこめかみを押さえながら解説を希望した。
今回のは想像がつく。ろくでもない方向で。
人差し指を立てて、自慢げに説明を始める舞衣。
なぜこんなに嬉しそうなのだろうか。
「まず1番目はね、足の指にセットしておくの。眠くなったり集中力が途切れると爪が剥がされる仕組みなの! だから常にもの凄く集中できるの!」
目をランランと輝かせている気持ちが微塵も理解できない。
「絶対イヤです」
「あ、そう。弱虫」
俺がオカシイのか?
絶対違うと思うよ。
「2番目も凄いよ! 寝ている間に知識がどんどん入ってくる夢の装置!」
「副作用は? あるんだよね?」
絶対あるに違いない。
そんなうまい話はないんだ、この世界。
「大したことないよ、他の記憶が失われるだけ。私との思い出とか」
「この世で一番大事だわ!」
首をかしげる妹。
いやいやいや、おかしいでしょ。
「だから私は攻略できないし、パラメータは下がらないんだって」
やれやれ、みたいな顔で言う妹。
攻略できない記憶はいらないとか、パラメータに関係ないからいらないよね、なんて意見のやつは人間じゃねえよ。
「とにかく、思い出がなくなるのは俺が俺でなくなることだろ。却下だ、却下」
へぇ~と関心したように話を聞いていた。
どうもこの妹は人間じゃないかもしれないと思うことがたまにある。
「最後は正直オススメしたくないんだけど、妹大好きエピソードの穴埋めをしていくだけで暗記するべき事柄が学習できるという参考書だよ」
「キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!」
腕を後ろに回しながらのけぞる舞衣。
リアクションが若干古い気がする。
まあ俺のアクションも古いが。
「それだよ、それ! 最高の勉強法じゃないか」
「どんだけ妹が好きなの……」
「俺を馬鹿にするなよ、妹が好きなんじゃない、おまえが好きなんだ」
「余計気持ち悪いよっ!」
「……ツンデレ?」
「違うから! お願いだからちゃんと恋愛して!」
手厳しいなあ。
なんにせよテンションが上がる勉強法だ。
これしかないだろ。
20万という金額は高いと思うが、きっと効果はある。
その日から俺は勉強大好きっ子になった。
******
吹きすさぶ風が耳を打ち付ける。
目も薄くしか開けられないほどの寒風。
冬の屋外プールに俺と次孔さんはやってきていた。
寒中水泳大会に挑む真姫ちゃんの応援兼取材である。
撮影のためプールのすぐ横に陣取っているのだが、これがまた寒さを助長していた。
「さ、寒すぎない?」
「え?」
次孔さんは耳あての片一方を外した。
「なんて言ったの?」
「耳あてしないと耐えられないほど寒い状況ってヤバくないかって」
「そういう競技だからね」
ドライに答えた次孔さんはカメラの調整を続けていた。
精密な作業をしているためか、手袋を外し、手が悴んでしまわぬよう、こまめに息を当てながら。
新聞記者であり、ラジオパーソナリティーであり、カメラマンとしても凄腕のようだ。
この人のバイタリティーには本当に恐れ入る。
「あ、出てきた! トラっち~~~! ガンバ~~~!」
白い息を吐きながら大きな声で真姫ちゃんに声を掛けている。
次穴さんの手を降った方角を見ると、選手たちが登場してきていた。
全員水着である。
水泳なんだから当然なんだが、正直信じられない。
ダウンジャケットを着ていても寒くて仕方がないのだ。
「お~! 応援ありがとなー!」
手を振る真姫ちゃんは少したりとも寒がっていなかった。
水着は、俺の買った虎柄ビキニ、いわゆるラムちゃん水着である。
物凄く似合っているし、ダイナマイトボディなのだが、不思議なことに全く興奮しない。
太陽のような笑顔に見えても、寒そう~~~! としか思えないのだ。
水着の魅力ってのは夏のシチュエーションがあってこそなのだなあ。
しかし、他の女子は全員競泳水着なので目立ってしょうが無い。
そもそも、この競技は水泳部の特殊イベントという扱いが普通だそうだ。
真姫ちゃんは武道家で泳ぎは得意じゃないが、寒さなどものともしないという理由でエントリーしている異色な存在とのこと。
「全国寒中水泳大会女子の部、自由形200メートル」
女性アナウンサーのナレーションが流れた。
これ全国大会だったのかよ。
パンッと銃声が鳴る。
一斉に飛び込む水着の少女たち。
キレイな飛び込みを見せる競泳水着の女子達と、もの凄い音でお腹を打ったラムちゃん。
「痛っそ~」
あちゃーと顔をしかめる隣の次孔さん。
したたかに腹を打ち、水しぶきを上げた真姫ちゃんだが、ものともせず泳ぎ始めた。
「って、犬掻きかよ!」
自由形ってのは本当に泳ぎ方が自由なわけだが、実質クロール以外は見たことがなかった。
でも、この寒さだと顔を水に付けないというのは重要なのかも?
「犬掻きだと泳いでいる間も顔写真が撮れますからね~」
まさかそんな理由?!
バシバシとシャッターを切る次孔さん。
決して速くはない犬掻きだったが、じわじわと追い抜いていく。
やはり他の競技者は寒くて身体が動かないようだ。
「先頭に立つ!」
最後の一人を追い抜く、そのとき次孔さんは身を乗り出しすぎた。
このプールに落ちたらヤバイぞ!?
俺はフードを掴もうとして掴めず、落ちかけた彼女に飛びついて後ろに飛ばした。
そのまま勢い余ってプールに落ちる。
これで死ぬのかと思うほど、世界がスローモーションになって、プールに落ちていく。
着水と同時に心臓が縮むかのようなインパクト。
髪の毛は凍ったかと思うほど冷たく。
ダウンジャケットはまたたく間に冷水を吸っていく。
急いで戻ろうとするが、あまりの寒さに手足が言うことを聞かない。
さらに厚着しているためか、水の抵抗も強く泳ぐことは出来なかった。
もはや冷たいを通り越して、痛い。
藻掻くことしか出来なかった俺に、ようやく救助が行われた。
おそらくはそれほどの時間は経っていないのだろうが、救出されるまで時間は長く感じられた。
なんとか地上に出て、振り返る。
プールサイドに押し上げてくれたのは、泳いでいたはずの真姫ちゃんだった。