異世界メモリアル【5周目 第27話】
「待ってください、ロトさぁ~ん」
「鞠さん! それはモンスターです! 肌が緑色だし、体重200キロくらいありそうだし、全然俺と似てないですよ!?」
「あれ? これは一体……?」
「鞠さん!? その紐引いたら上の鉄球が落ちてくるのミエミエですよ!?」
「わー、こっちにも何かある~」
「わ―! もう動かないで!」
もう、この手を離さない。なぜなら、彼女が重度の天然ボケだから。
罠や仕掛けが満載のダンジョンに挑むパートナーとしては最悪だ。トラブルメーカーにも程がある。
だから、細くて綺麗な手を恋人繋ぎせざるを得ない。本当にやむを得ない。
「どうやらこのボタンの上に立っていないと扉が開かないようですねぇ……ここは私がっ」
「鞠さん。この銅像を動かせばいいんだよ。よっ……しょ……っと」
「わ~、凄ぉ~い! ロトさん天才!」
ぱちぱちと手を叩きながら俺を称賛する金髪のスレンダー美少女。悪い気はしませんね。
「この回転床は……ここから乗れば向こうに行けるな」
「ええ~!? なんでわかったんですか~!? 頭いいなぁ~」
いや~、それほどでもあるけど。
「この穴に、こいつをはめ込めば……」
「わー! わー!? 扉が開いていく! すごいすごーい!」
うん、ダンジョンに一緒に行くならこういう女の子と来るのがベストだな! なんか俺、最高に楽しい!
昔取った杵柄というやつで、よくあるタイプのダンジョンの仕掛けばかりだから簡単にクリアできる。本当のゲームだったら簡単すぎてつまらない、クソゲーだと感じるだろうが現実は異なるものだ。可愛い女の子に褒められるというのはこれほど気持ちいいことなのか。テニスとかを頑張るやつの気持ちが今ならわかる。
その後もダンジョンは続く。
「ここ狭いから気をつけて」
「む、胸が……」
狭い道を通るときにおっぱいがつぶれるイベントあり。
「一人用のエレベーターだね、これ」
「ち、近いですね」
強制的にくっつくイベントあり。
「上、見ないでくださいよ?」
「み、見てない。絶対、見てない」
はしごでパンチライベントありと、楽しい楽しいデートはしばらく続いた。
最上階と思われるところに到達し、いかにもなドアを開けるとそこはホテルの一室。天蓋付きの大きなベッドがあって、隣にバスルームだ。ようやくゴール、だな。
鞠さんは部屋の確認もそこそこに姿見の前で容姿を整えていた。
それを見て、途端に胸の鼓動が早くなる。仕掛けだらけのダンジョンは少しも緊張しなかったのにな。
「先にお風呂、入ってもいいかな~?」
「も、もちろん」
すでに心臓はバックバクだ。ついに、ついになのか。
しばらくするとドアの向こうから、シャワーの音が聞こえてきた。
女の子がお風呂に入っている間、男はベッドの上でどうしていたらいいんでしょうか。
「きゃあああああ!」
なんだ!? ま、まさか実は敵がいるとか、ここにも罠があるとか!? くそっ、油断した!
「鞠さん!」
躊躇なく開けると、もちろんそこには一糸まとわぬ鞠さんが! そんな場合ではない! ……そんな場合ではない!
「ど、ど、ど、ど、どうしたんですか」
「シャワーが……冷たい」
「……そりゃそうでしょうね。こっちは水のやつですからね。お湯と混ぜないと」
「ううー」
ただのドジだった。さすが鞠さん。彼女を見ないようにしながら、シャワーの温度を調整してから風呂を出た。
ふー。
ベッドに転がって、天蓋を見る。
彼女は冷たい水を浴びたわけで、裸とはいえ身体を縮こませて隅っこにいたからほとんど身体は見えなかった。ただ白い肌の印象だけを残して。
いや、もうこれはラッキーとかじゃない。本気で緊張している。
心臓は異常な音を立てており、頭は物凄いスピードで回転しているのに何も考えることは出来ない。
容姿のステータスがどれほど向上しても、根本的に中身はモテないゲームオタクの男子のままなのだ。
ガチャッとドアが開く音がする。俺はそちらを見ることが出来ない。
「お風呂お先にいただきました。ロトさん、どうぞ」
こころなしか、彼女の声も緊張している気がする。そうだよな、俺も風呂に入って身体を洗うべきだ。歯も磨いた方が、いいよな。
「じゃ、じゃあ」
「う、うん」
やたらぎこちない挨拶を交わして、先程突入した扉を開ける。
服を脱ぐことがこんなにドキドキすることなのか。シャワーを浴びていてこれほど平常心じゃないことがあるのか。こんなに必死に歯を磨くことなんて一度もなかった。
そして、バスタオル一枚を腰に巻いてベッドで待っているだろう鞠さんの元へ。水泳のときなら上半身が裸であることなど普通なのに、今は勇気を振り絞っている。
少し薄暗くなっている部屋。
窓から覗く、月明かり。
五人くらい寝ることができそうなベッドの端で、掛け布団が膨らんでいる箇所に近づく。
……ふ~。
鞠さんはすやすやと眠っていた。綺麗な、とても綺麗な顔で。
不思議なことに、ホッとしていた。この世界はクソゲーだとか文句を言うような気持ちにならない。
彼女はお酒も結構飲んだし、その後たっぷり謎解きアクションをしたわけだから、疲れて眠ってしまうのは当然とも言えた。
今はこの寝顔を見れただけでも幸せだと思う。
拍子抜けだと思っているのは別の理由だ。
ベッドの逆側に潜り込む。
ボス、出なかったな……と、鞠さんの金色の後頭部を見ながら、思う。
俺はこのダンジョンには最終ボスがいて、二人で泊ることなど許さないと戦いを挑んでくる。それを期待していたような気がする。
邪魔されたいと思っているわけでは決して無いし、勇気がないからそういう言い訳が欲しかったというのもなくはないのかもしれないが、それはメインの理由ではない。
障害がないと盛り上がらないと文句を言いたいわけでもない。
信じたかったのだろうか。見知らぬ男を。父親というものを。
「愛って、なんなんだろうな……」
つい、口をついてしまった。
鞠さんに反応がないことを見守ってから、目を瞑った。
遅くてすみません……
修学旅行とかだと筆が軽いんですけど……基本的にコメディしか書けないんです……




