異世界メモリアル【5周目 第26話】
どうするんだよ。
どうするんだよ、俺!
現状は麻雀でいえば白と中をポンしてるところに發を捨てたら、あっさり通ったようなものだ。
大三元を振り込むつもりで言ったわけで、まさかこんな下心しかないデートプランを聞いて許可する父親がいると思うだろうか。
はっきり言って俺は怒り狂っている。鞠さんの父に。ふざけんなと。
娘にそんな危険なお泊りデートを許すんじゃねえよと。
俺は正直なところ殴られて当然だと思っていた。
仮にだが、麻衣が同じことを言われてその男についていこうとしたなら俺はその男を殺す。
俺の大事な妹をたぶらかして、手篭めにしようとする気まんまんの野郎がいると知ったら絶対に殺す。最低でも百回は殺す。
よって俺は、俺に対して殺意どころか賛同するような父親を決して認めない。
なんで俺を殺しに来ないんだ。絶対に許さないぞ。
ん、まあ。でも、この時点でキレるのは、ね。ちょっとおかしいから。
とりあえず、一度はそのけしらかん旅をしないことにはね。
いや~、まいったな~。
本当にお泊りするなんて~。
もちろん、彼女に乱暴なことなどしないぞ。節度を持って、紳士的に事に及ぶつもりだ。
……事に及ぶ……。
「うおおおおおお!!」
「ど、どうしたんですか~?」
隣に座っている鞠さんが俺の奇声に驚いた。そういえば、ヘリコプターで向かっている最中だった。あまりの怒りで我を忘れていたようですね。
「いや、ちょっと楽しみすぎて、興奮しちゃった」
「うふふ、私もです」
どうやら、ごまかせたようだ。
もともとは俺がデートコースを案内するつもりだったのだが、鞠さんが詳細に説明したところ全部手配したとのこと。自分の娘が行くラブホテルの予約をする父親がどこにいるんだ。まったくけしからん。けしからんね。
「ほら、見えてきましたよ~。夜景が綺麗な場所もすぐそばにあるそうですよ」
外に見えるはお城のようなホテル……っていうか城じゃね?
「えっと、いや、あれ、お城だよね……」
「そうです~。あれは宿泊できるお城らしいんです~」
お城のようなホテルと、宿泊できるお城じゃ全然違うんですけど。俺が求めていたのは回転するベッドであって、天蓋付きのベッドじゃないんですよ。
ったく、謎解きのダンジョンだらけみたいなビジュアルしやがって……。いろんなボタンを押して少しずつ進めるタイプの。俺はボタンを押したらスケスケになるお風呂の壁とかが良かったよ。
「隣の塔で食事ができるそうです」
塔かよ! いかにも、お姫様が幽閉されてそうなやつですね……。ちょっとイメージと違うんだよなあ。望んでいた綺麗な夜景っていうのは街なんだよ。森じゃないのよ。
「なんかメイド服が似合いそうな場所ですよね~」
うーん、ミスマッチなのがいいのに……。そうじゃないんだよなー。
テンションが徐々に落ちていく俺。やっぱり自分で準備すればよかった。
と、思っていましたが。
「おおお……おおお……」
「どうですか?」
レンガで出来た塔の最上階で、窓から差し込む月光を浴びて立つメイド姿の鞠さんは、もはやファンタジーだった。長い金髪に青白い光がきらめく。外を見ると上は満点の星空。下は森と湖だけで、静かな闇。確かに綺麗な夜景だ。この背景に白い肌ですらっとしたスタイルのいい美女が立っていると絵になるなんてもんじゃない。生きた芸術だ。
「う、美しい」
「そうだねー。綺麗だよね、夜景」
うっとりと外を眺める彼女の横顔にまた目を奪われる。自分のメイド姿の感想を聞いたのは君だろう。天然ボケはこんなときでも発動するんだな。
「違うよ、鞠さん。鞠さんが、美しいんだよ」
「わー。わー。すごい褒め言葉」
青白い頬に少し赤みが差した。いや、こんな陳腐な言葉ではとても表現できない。美しいという言葉だけではこの美しさを少しも表せてはいないんだ。
「ほら、席につこう」
「う、うん」
ウェイトレスが彼女の椅子を引いて待っていた。メイドの椅子を引くウェイトレスというのはちょっと面白い。俺たちが席につくと、すぐにウェイターがやってきた。運んできたスパークリングワインには、なぜかストローが刺さっている。
「なんだ? ノンアルコールってこと?」
ストローがあることによってジンジャーエールに見える。しかし、グラスは紛れもなくシャンパングラスだ。
「え? 飲みやすいお酒ってこういうことでは?」
「違うよ、ストローを使うと飲みやすいんじゃないよ。アルコールがキツイのに、すいすい飲めちゃうような味のお酒ってこと」
「えぇ~。そうだったんですか。それじゃ酔っ払っちゃいますね」
そういうことだよ! 酔わせてふらふらにさせてゴニョゴニョってことでしょうが! いや、俺は紳士だからそんなことはしないけど。あくまで彼女の父親を憤慨させるための方便だ。
とはいえ、結果としてはストローのせいなのか、鞠さんはかなり飲んだ。
食事に関してはいわゆるフレンチを主体としたフルコースだった。これについては想像したとおりだな。もっとも、目の前の美女の前では味などよくわからないが。料理なんてどうでもいいくらいに、この食事には幸福が溢れている。
食後のコーヒーを飲んでいる頃になると、大分緊張してきた。心臓の鼓動が高まっていくのは、カフェインのせいではあるまい。なにせこれからホテルに行くわけだからね。
さて、ここでホテルに行ったら……てってれ~。実は別々の部屋でした~。
ってなるのかなと思ってたんだよ。どうせそういうオチなんだろうって。
ところがどっこい、そういうことではなかった。
謎解きのダンジョンだらけみたいなのは、見た目だけではなかったのだ。
城へ向かう城壁からすでにそれは始まっていた。
「なあに、この壁にある穴は」
「おそらくアイテムを嵌め込むと開く仕掛けでしょう」
現実世界ではお目にかかったことはないが、ゲームではよくあるパターン。
一直線に目的地には到達できず、アクションやパズルを上手にプレイしてアイテムを集めないと先に進めないのだろう。
やれやれ。
ふざけんな。
ふざけんなと思いながら、俺はニヤリと笑っていた。
ゲームの世界なんだ、これくらいのことはしてくれないと。
ましてや俺はこういうダンジョンみたいな王道のゲームが大好きなんだ。
俺はストローのせいでお酒を飲みすぎた彼女の手を引きながら、はしごを降りていった。




