異世界メモリアル【5周目 第24話】
残念だが、旅行はいずれも日帰りだった。
俺と鞠さんは何度か旅行デートを行ったのだが、なにせヘリコプターで送迎されるという最高の待遇のため宿泊の必要がないのだ。まったく余計なことを。
しかし恵まれた環境であることは疑いようもない。常夏の楽園だろうが、白銀の世界だろうが、美食の殿堂だろうが、どこにでも行けてしまうのだ。鞠さんのような超美少女とだぞ。転生してよかった!
そう思いつつも、不安な気持ちが増大していくのは、決して俺が異常な心配性だからではないだろう。なぜなら彼女がどれだけ手厚く扱われているといったって、愛されてはいないのだから。
不安になるのはわかりにくいからだ。彼女は一見幸せに見えるし、親から酷いこともされていない。実はされているのではないかと星乃さんにも確認したが、杞憂だった。だからどうしたらいいかがわからない。このままでは攻略必須イベント未実施でバッドエンドかもしれない。夏休みの間、バカンスデートを楽しむたびに不安が募っていった。
二学期の学園祭を終えると、俺達は部活を引退する。今、最終公演を終えたばかりだ。自分で言うのもなんだが、絶世の美男美女が演じたシンデレラは大成功を収めた。挨拶を終えて舞台袖にはけてきたが、まだ拍手が鳴り止まない。
「ロトさん、お疲れさまでした~」
「うん、お疲れさまでした」
シンデレラの衣装に身を包んだ鞠さんがほにゃっと笑う。なんと美しいのか……
「ところで~、ロトさんは、髪が長いのお好きですか?」
鞠さんはアップにしていた長い金髪をほどき、毛先をいじりながら上目遣いに聞いてきた。
「ん~、長いのも短いのも好きだけど、なんで?」
何も考えずに率直な感想を選んだ。俺はゲームのときでも初回プレイ時は思ったままの選択肢を選ぶタイプだ。
「お芝居はもうしないので、髪型を変えてもいいかな~って」
髪をいじいじしながらいじらしいことを言う。なんと、これは髪型変更イベントだったか。主人公の好みに合わせて髪型を変えるパターンのヒロインだったの鞠さん。それも男の夢ではあるが。
「鞠さんの髪を切るなんて勿体なさすぎるよ。でも、リボンとかカチューシャとかは似合いそうだな」
「なるほど~、今度試してみますね~」
うおお! 楽しみすぎる! 鞠さんはリボンをいっぱいつけようが縦ロールにしようが似合うに違いない。
「おっぱいはどうですか~」
「えっ!? ええっ!?」
体育館の舞台袖でシンデレラ姿の鞠さんが胸を寄せたり、離したりしている。な、なんということ!? くそっ、これがゲームだったらオマケモードからシーン再生できるのに! 今は忘れないように目に焼き付けることしかできない!
「もっと大きいほうが良いですか~?」
まぁ大きい方が良いような気がしないでもないが、鞠さんは十分にあるし、全体のプロポーションとしてとても似合っている。
「いや、丁度いいよ丁度、ベストなバストだよ、なんつって」
「ふふ、ロトさん面白い。ふふふ」
どうしようもないオヤジギャグに対して、上品に手で口元を隠しながらころころと笑ってくれる鞠さん。
突然おっぱいなんて単語が出てくると驚いちゃうよね。しかし、髪型と同じノリで胸をどうこうしようとは天然にも程がある。
「じゃあ、体毛はどうですか? ほとんど生えないんですけど……あったほうが良かったり?」
「ぶふうっ!?」
スカートを捲って脛を見せてくる鞠さん。すね毛の感想を求める女の子がどこにいるんだ!
脱毛なら聞いたことあるが、すね毛の増毛なんて聞いたことがない。女の子のすね毛が大好きとか特殊すぎる。
「な、無くていいです」
「そうですか~」
少し残念そうに足をしまった。なぜ……
「じゃあじゃあ、顔は?」
「は、はあ?」
「一重まぶたの方が好きとか、もっと鼻が低いほうが良いとか」
「いや、いや、無いよ、無い。鞠さんは最高の美少女だって」
「そうですか~」
残念そうな顔を見せる。だからなんでだよ!? 最高の美少女と言われて残念がる女の子がこの世にいるんですね、知りませんでした。
それにしても。
「鞠さん、俺の好みを聞いてくれるのは嬉しいけど、なんでそんなに自分を変えようとするの?」
まさか、シンデレラに感化されて素敵なレディに変身したくなったとか? しかし、鞠さんは最初から素敵なレディなんですよ。
「お父様が、相手の女性には自分好みになって欲しいって。だから来る人たちみんなそっくりになっていくんだ~」
なんだって?
「整形したからって同じ顔にはならないけど、結構区別がつかないかな~」
……俺は整形そのものは悪いことだとは思わないけど、これは許せないんだよなあ……。強要したわけじゃないとしても、許せないなぁ……。
あ、ひょっとして。
「鞠さんも、鞠さんも父親から言われて整形やら豊胸手術とかを!?」
許せん。絶対に許せん。待ってろ、庵斗和音父。整形したのかと思うくらいに顔が変形するまでぶん殴ってやる。俺は怒りに任せて拳を握った。
「いえ、わたしは何もしてないですよ~。ただ、その、ロトさんがお父様みたいに喜んでくれたらなぁ~って。ふふ」
な、なんだ。
そうか……。
俺は固く握った拳をほどく。
鞠さんはとても可愛らしく笑って、そして着替えるために去っていった。
ガンッ!
再度握った拳で、体育館の壁を殴った。
なんだよ。なんで俺は今、がっかりしてんだよ。
庵斗和音父がろくでもないやつで、そのことを理由に殴れば解決だって、そう思ったからか?
クエストの鍵となる情報を手に入れたと思ったら肩透かしだったから、がっかりしたのか?
鞠さんの美貌が、父親の命令の整形だったら良かったのにって、一瞬でも思ったのかよ、俺は。
「くそっ!」
嫌になる。このゲームバカが。これはゲームじゃないんだ。ふざけやがって。
俺は自分で自分を攻撃した。呪文が使えない俺が正気を取り戻すには、それしかないと思ったからだ。しかし、俺の腐った根性は眠りや魅了のようなステータス異常じゃなかったのか、回復することはなかった。
年内には終わらなかった~~。




