異世界メモリアル【5周目 第22話】
「やっぱり罪悪感が……」
「ロトさん? ま~だそんなこと言ってるんですかぁ?」
「だって、あれだけのことをしたのに毎週デートをするだけなんて」
「だけじゃ駄目。一緒に楽しまないと駄目。遊園地なんですよ~?」
「いや、楽しんじゃ駄目でしょ……俺みたいなやつは……」
ミラーハウスに映っている男は、ゾンビのような顔と姿勢だった。俺は死んでないだけで生きてるとは言えない状態だからまさにアンデッドってところだな。自分で自分にヘッドショットしたいね。
いくらなんでも、いっぱいデートしてくれたら許しますと言われて、はいそうですかと思えるほど能天気ではない。
舞衣と約束をしたことでなんとか生きながらえた俺は、その買い物を終えた今、もう生きる希望を失っていた。
夏服に身を包んだスタイルのいい金髪美少女が鏡に映ってたくさんの笑顔が俺の目に飛び込んできても、俺の心は暗いままだ。
ミラーハウスを出てからも、俺はただ鞠さんの後ろをとぼとぼとついていくだけだ。
「やっぱり、殴ってくれ。ひっぱたいたり、蹴ったり、なにかとにかく酷いことをして欲しい」
「へ、へ、へんたい……」
「……いや、そうじゃなくて。罪滅ぼしがしたいんだよ」
「今してるじゃないの。毎週デートしてくれてるじゃない」
「それじゃご褒美じゃないか……」
「……もう、その言葉だけで十分なのに……じゃあ今度、海に連れて行ってもらうとか」
「それじゃ鞠さんの水着姿を見れちゃうでしょ。だからそんな俺が嬉しいのは駄目だって」
「……じゃ、じゃあ浴衣で花火大会とか」
「鞠さんの浴衣なんて絶対駄目。可愛すぎる」
「っ……なら、旅行とか。一泊二日の」
「だから駄目だって! 幸せすぎてどうにかなっちゃうよ!」
「ロトさんって天然?」
「天然は鞠さんでしょう……」
やれやれ、鞠さんには困ったものだ。俺のしでかしたことはもっと罰を与えられなきゃいけないというのに。なんでこんなに優しいのかと言うと、それはもう……俺のことが好きすぎるからだ。舞衣の親密度チェックで「私の恋人になったらいいじゃない」となっていた。
こんなの告白されているのと一緒だ。そしてそれは今までのプレイにおいて非常に助かっていた。相手が自分をどう思っているのかわかっているというのはコミュニケーションの難易度を著しく下げる。世の中の恋愛沙汰っていうのはそれがわからないから難しいのだろうから。
しかし、今は違う。好かれていても、嬉しいと素直には思えない。
自分が死ぬべき存在だなどと思ってしまってから、好かれることに罪悪感があるからだ。俺はこんな素敵な女性に好かれるようなやつじゃないんだ。
彼女が、いや、彼女たちが俺に好感を持っているのは俺がイケメンだからだ。勉強も出来るし、運動も出来るし、料理も得意だし。だから好かれているという話だ。
あぁ、嫌だ。
そんなやつ俺は大っ嫌いだ。見た目が良くて、何でも出来て、モテモテで。そのくせ中身はクズとか。最低の野郎じゃないか。
「ふぅ」
「わぁ。物憂げにため息をつくロトさんカッコイイ……」
全然嬉しくない。ため息をついてカッコイイクズとかホントに死んで欲しい。俺は死ぬべき。
「よし、死のう」
「ちょっと、ちょっと~。ジェットコースターに並ぶ列でそういうこと言っちゃ駄目だよ~」
ちょっと怒った顔がまた可愛らしい。白い頬を少し赤らめてぷくっと膨らませながら、眉を少しだけつり上げている。そんな彼女にめっ、という感じで肩に弱いパンチを食らう。
これが戦闘力8000くらいのパワーで俺の腕が砕けたなら、罪の意識から開放されてすっきり出来ただろうに。これじゃイチャイチャしてるだけじゃないか。
それほど待つこともなくジェットコースターに乗る順番がやってくる。
「よいしょっと」
「鞠さん、逆です逆。座席を抱きしめるように座るのやめてください」
確かに鞠さんの天然っぷりはジェットコースターで死ぬかもしれないレベルだな。
ジェットコースターは怖さを味わうものだ。スリルを楽しむものだ。ひょっとして死ぬかも知れないと思うような、高さと速さが恐怖を与えることでドキドキするというアトラクション。
死にたいなあ~。
死なないなぁ~。
そういう感覚だと普通に楽しむことが出来ずに、ジェットコースターを降りる。
「楽しかったですよね、ね?」
ここで楽しくなかった、などと言うわけにもいかない。ついさっき一緒に楽しまないと駄目だと言われているのだから。
「……楽しかったよ……、もちろん」
「……こんの、大根役者!」
「痛っ!?」
尻を蹴っ飛ばされた。腰のひねりの効いた、いい蹴りだ。真姫ちゃんを思い出す。
「演劇部の、主演男優が、そんな、下手くそで、どうすんだっ」
げしっ、げしっ、げしっ、げしっ、げしっ。
ローキックがバンバン太ももに入れられる。
「楽しめって、言われたことすら、出来ない、このバカ!」
蹴られている俺は、大根役者だった。痛いけど、それを表現していない。サンドバックだ。
キックをしている側は、スターだった。
いい蹴りをしながら、感情的なセリフを言いながら、悲痛な顔で、涙をこぼしていた。
口調が変わっている。声が強くなっている。だからこれはきっと芝居なんだ。そう思うけど、ここには脚本もないし、演出家もいない。
「自分を不幸にしようとしてないでっ、悪いと思ってるんならっ、私を幸せにしたらどうなんだっ!」
膝に蹴りが入った。
だからなのか、そうじゃないのか。
俺は遊園地の、人の往来の激しい道で、崩れ落ちた。
そのとおりだった。何がクズって、俺は自分の罪悪感を拭い去るためだけに、罰や死を求めていた。そんなことをしたって、悲しませた相手は何も得ることはない。
俺がするべきなのは自分を不幸にすることじゃなかった。彼女を幸せにすることだけが唯一の贖罪なのだ。そんなこともわからないとは、情けなくて死にたい。
いや、もうそんなことは考えない。死んで楽になろうなんて、むしろ許されない。
俺は、彼女を、幸せにしなければならない。
「鞠さん!」
「なによ!」
「来週は海に行く!」
「……それで!?」
「再来週は花火大会! 俺も浴衣だ!」
「それだけ!?」
「その次は、旅行だ! 世界のどこにだって、絶対に連れて行く!」
「そうだ、それでいい!」
凛々しい笑顔を見せるジャンヌ・ダルクのような鞠さんに、俺は救われた。




