異世界メモリアル【5周目 第21話】
死のうかな。
なかなかのネガティブな考えだが、現実で思うほどの重みはない。この世界においてはちょっとしたリセットボタンのようなものだ。恐怖と痛みが本物で、やり直すにも数年かかるというというだけだ。
鞠さんとのデートをすっぽかして沙羅さんのもとに向かった俺はその後なんにもできずにうだうだしているだけだった。こんなときに相談できる相手がいれば……
「お、お兄ちゃん大丈夫?」
「ん? あ、ああ」
舞衣にも心配をかけているようだ。ますます死んだほうが良いな。
「あ、あの~? お兄ちゃん?」
「大丈夫だって」
うーむ、演劇部にずっと所属していながら安心させる芝居すらできないとはね。絶対死んだほうが良い。
「お、お兄ちゃん……」
「すまん、もう寝る」
「ああ……」
何か言いたげな妹に気の利いたセリフも言えない。よし、死のう。
舞衣の顔を見たら前向きな気持ちになってきた。どうやって死のうかな~。どうせなら大金をゲットしてアイテムを手に入れて死んだほうが良いよな。
死ぬ気満々になったが、習慣というものは恐ろしいもので、俺はラジオをつけていた。
「次孔律動のリズム天国~」
次孔さんがパーソナリティを務めるラジオだ。もはや聞かないという選択肢がない。例え死にたいという気持ちになっていてもだ。
「もうすっかり暑いですよね~。むしろ梅雨が待ち遠しい。な~んて雨が続いたら今度は夏が楽しみになったりするんですけどね~」
いつもどおりの軽快なトークだ。
ラジオを聞くときはステータスを上げることをしながらということが多いのだが、勉強する気など当然起こらないので、俺はベッドに転がった。
「さて、今日はハガキがたくさん届いているということで、普通のお便り、ふつおたを読んでいきますね~」
今日はゲストなしか。正直なところゲストと絡んだ方が楽しいのだが。なんだかんだ、てんせーちゃんと腐女子トークしたときは面白かったからな。ふつおたは普通だからなぁ。まぁそれでも次孔さんは面白くするけど。
「最初はラジオネーム、天使すぎる妹さん」
ふむ。舞衣みたいな人かなとも思うが、自分でそんな大層な名前をつけるとかちょっと変な人かもな。
「最近お兄ちゃんが変なんです。いや、前々からずっとずっと変なんですけど。それでもお兄ちゃんはいっつも前向きで一所懸命で、本当にがんばりやさんで誰かのために涙を流せる人で」
おいおい、どんだけ兄を好きなんだよ。これだけ妹に好かれるなんて羨ましいやつだな。
「でも最近は下向きと言うか、思いつめているというか。もー、女の子のためなら色々と気が回るくせに自分のことには鈍感なんだから。はー」
そういうやついるよな。本人はいいかもしれないが、周りからすると迷惑なもんだ。
「こんな兄をどうしたらいいでしょうか。ということですね~」
俺にはわからんな。こんだけ妹に好かれてることもわかんないなら死んだほうが良いんじゃね。俺もだけど。
「なるほどー。天使すぎる妹さんはお兄ちゃんのことが大好きなんですね。でも、いいなー。そういうお兄さん。誰かのために頑張れる人は好きだなぁ」
俺も次孔さんのためなら何でも出来るけどね! いつか証明しよう! いつかきっといつか。
「多分このお兄さんは鈍感だから、言ってもわからないくらいなんじゃないかなー」
そうだろうなー。そんな気がするね。いい妹を持ったな。俺もだけど。
「うん、おすすめは約束だね。このお兄さんはきっと約束したことを簡単に無下には出来ないと思うんだ~」
さすが次孔さんだな~。そんな気がするよ。
「続いてはラジオネーム、居飛車穴熊さん」
居飛車穴熊……確か将棋の戦法だったけな。
「私には大好きな殿方がいます」
殿方!? 古風な人だな。将棋が好きっぽいし、沙羅さんみたい。でも沙羅さんに大好きな男なんていないだろ。……いないよね?
「彼もおそらく私を嫌いではない様子。でも、もっと好きな方がいるみたい」
うわー、バレバレなのかよ。デリカシーのないやつだな。ちょっとはうまくやれないのかね。俺みたいに演劇部にでも入ったらどうだろうね。
「彼が好きな女性を放って私のもとに駆けつけてくれたことは嬉しいのですが、正直なところ心が痛みます。私はどうしたらいいのでしょうか」
っかー。そんな男は死んだほうが良いね。俺も死んだほうが良いけど。
「うーん、本当に素敵な恋をしているんですね、居飛車穴熊さんは。羨ましいなあ」
羨ましいのか。恋に恋する次孔さん、いいな。
「自分のもとに来てくれたことが嬉しい、ってならずに彼の本当の気持ちを考えているなんて」
ホントだね。男は死んでよし。俺も死んでよし。
「実は、んー。恥ずかしいんですけど、私も同じような感じなんです」
ええー!? 次孔さんに好きな男が! 死ね! っていうか殺す!
俺は枕にスリーパーホールドを決めた。
「彼のことが好きで。出会ってから二年位のはずなのに、もうずっと好きな気がするくらい。彼もきっと私のことが好きなんだと思うんだけど、もっと好きな人がいそうで」
あ~。次孔さんのこういう恋の話好きなんだけどツラい。こんなことで嫉妬する自分の心が情けないが、どうしようもない。好きなアイドルが結婚したときと同じようなものなのだろう。実際、俺にとって次孔さんは憧れのアイドルだと言っていい。
「自分から好きだって言えばいいのに。わかってても、好きだって言われるのを待っちゃうんですけどね~っ。ははは」
好きです! 次孔さん、好きです! 今すぐ死んで次孔さんルートを爆進しようかしら!
「さてさて、お次はラジオネーム、パンが無ければブレッドを食べればいいじゃないさんから」
ブレッドはパンだけどな。天然かな?
「デート中に他の女の子の所に行ってしまった男性がいるのですが」
なんだその俺みたいなやつは。死刑にしろ。まともな頭じゃないね。
「彼のことをどうしても責めることが出来ません」
女神かよ。男は死ね。
「彼はなんの理由も無しにそんなことはしない。きっとそれが正しいことだった。それは信じることが出来るんです。ただ彼がその後会ってくれないことだけが悲しくて仕方ありません」
……。
「どうしたら、彼ともう一度、一緒に、一緒に……ぐすっ、ごめんなさい、ちょっと、ぐすっ」
……。
「ひょっとしたら彼は、死んでしまおうとさえ、思っているんじゃないかって」
俺は、目をつむった。
「どうしたらいいのでしょう。このラジオを聞いているのだとしたら、答えて欲しい。途中で帰ってしまったことを許す代わりに、十回、いや百回デートして欲しい。そう言えば、彼は、その約束を守ってくれるのでしょうか」
千回でも、万回でもするだろうな。俺なら。
「パンが無ければブレッドを食べればいいじゃないさん。……あなたにはそれを言う権利があると思います。そして彼は、きっと。きっと、約束を守ってくれる。そう思います。そう信じます。ぐすっ、今日はもうお時間ですね、ごめんなさい、こんなお別れで。それではまた来週……う、う、ふぇぇぇ~」
次孔さん……
俺はラジオを聞く前よりも、ずっとずっと落ち込んでいた。よっぽど悲しい気持ちになった。
だけど、死にたい気持ちは皆無となって、生きる希望だけが湧いていた。
冷蔵庫に冷たい飲み物を取りに行くと、舞衣も同じタイミングでキッチンにやってきた。
「お兄ちゃん、今度、一緒に買物に行こうね。絶対、買物に行こう」
「……わかった」
俺は約束をしてしまった。
だから、バッドエンドは許されなくなった。




