異世界メモリアル【5周目 第20話】
デートだ。
鞠さんとのデートだ。
しかし、マズい。超マズい。
今日は沙羅さんと軍人将棋大会に出なければならなかった。すなわちダブルブッキングだ。どう考えても絶対にやっちゃいけないヤツだ!
先に約束をしたのは沙羅さんだが、ここで沙羅さんを優先することは出来ない。なぜなら俺は今回のプレイで鞠さんを攻略すると決めたのだから。
しかし、この状態でデートを楽しめるほど俺の肝は据わっていない。
デートの場所は彼女の指定で美術館だ。芸術系ヒロインが好みそうな場所だが、確かに美しいものを展示しているわけだから容姿系ヒロインが好むのも納得だ。
鞠さんが待っているであろう美術館に向かう道すがら、頭の中は沙羅さんのことでいっぱい。すでに憂鬱だ。
「なんで料理部を辞めたの」
あのときの沙羅さんの記憶は今でも鮮明に思い出せる。あれほど辛かったことはない。結果的に、死ねば助かるとわかったら死んでしまうほどに俺の心にダメージを与えたんだ。
「お待ちしておりました~」
早めに到着した俺を美術館の前で待ち構えている鞠さん。デートにしても気合の入った、余所行き感たっぷりのちょっとしたドレスのような出で立ちで、すっかり頬を染めきって。この一目でわかるデレっぷり。
沙羅さんも。
沙羅さんもひょっとしたら、背伸びしておめかしして待っているのだろうか。
「ごめんね、待たせて」
「いいえ、あなたを待っている間も幸せでした~」
ふんわりと微笑む。あぁ、この人は本当に俺のことを好いてくれている。いくら彼女が演劇部が誇るトップスターであっても、これが演技でなどあろうはずがない。
しかし、しかしだ。
今も待たせたままの沙羅さんはどうなる。
彼女も待っている間は幸せと感じてくれているとしたら。そして俺が身勝手な理由でキャンセルしたとしたら。
――いや、考えるな。
優先順位というものがある。今回は鞠さんを攻略するんだ。
沙羅さんは今回じゃないが、いつか攻略するだろう。そのときに最優先すればいいんだ。どうせ記憶はなくなる。攻略するときにはこのことは覚えていない。
「じゃあ、入りましょうか~」
「う、うん」
美術館に入る。
「今日は特別展示があるんです」
「そうなんだ」
「びーえる、というものらしいです」
先週BLの原画展をてんせーちゃんと見たばかりなのだが。まぁ好きなものに目を輝かせている女性は素敵に映る。それがBLであっても。
……軍人将棋であってもだ。
「わわわわ、男の人同士が……でも美しいですね」
……軍人将棋のルール覚えたよな。なんでだろう。別に大会に参加しろと言われたわけでもないのに。
ましてや彼女に好かれる必要だって、別にないというのに。
「どうですか、このイラスト……」
本将棋と軍人将棋じゃ全然違うじゃないか、まったくなんであの人はそんなものを……あんなに楽しみに……しかも、俺が行くと言ったらあんなに嬉しそうに……
「ロトさん」
「……あ、ごめん……」
何を考えているんだ俺は。
攻略したい鞠さんのデート中だというのに。
他の女の子のことを考えるなんて、最低だろ。
でも、でも。
「ロトさん?」
心配そうに俺の顔を伺う鞠さん。
最低、か。
今の俺が最低じゃなくてなんだっていうんだろう。
しかし、俺にはどうにも出来ない。そもそもこれはリカバリー行為なんだ。他の女の子の誘いを断れずに鞠さんを放っておいたから悪い噂が流れた。そして彼女は乙女ゲームなやつらに囲まれたんだ。このデートはそういう状態から回復させるために必要なイベントだ。ただのデートじゃないんだ。
このデートを成功させなければ、今回のプレイはもう駄目だ。ゲームの目的を見失ってはいけない。今回は鞠さん攻略と決めたんだ。だから……
「ごめん」
何を言っているんだ、俺は。
「ごめん、本当にごめん、鞠さん」
やめろ、やめるんだ。プライオリティを考えろ。そう、俺の中の冷静なゲーマーが告げている。
だが、俺は無理だった。
軍人将棋大会の会場で寂しそうにしている沙羅さんの顔を想像したら、俺はもう駄目だった。胸が苦しくて、こんな思いをするくらいなら、死んでやり直したほうがマシだ。
ゲームクリアより、彼女を悲しませないことの方が俺には重要に思えた。
だって、これはゲームのような世界だけど、ゲームじゃない。次の週回プレイが始まったら記憶はリセットされているけど、たった今悲しんでいる彼女の感情までなかったことになんてならないんだ。
「ロトさん?」
「ごめん。どうしても行かなきゃいけないところがあるんだ。ごめん!」
謝って済むことではなかった。それでも俺は駆け出していた。
俺はバカだ。
「ごめん!」
軍人将棋大会で沙羅さんは待っていた。待っていてくれた。俺が駆け寄ると、胸のあたりをぎゅっと掴んで、吐き出すようにセリフが漏れる。
「……良かった……事故とかじゃ、なくて……」
安堵からなのか、目尻からつーっと涙が零れる。
皮肉が出てこないくらい、心配していたんじゃないか。
心配して、くれていたんじゃないか。
「まだ間に合うよね、俺、覚えてきたよ、軍人将棋」
「……良かった……来てくれ、て……」
俺は男性部門の開始に間に合わなかったため不戦敗。ルールを覚えたばかりの俺はどうせ勝てないからいいさ。そもそも俺は自分でやるために参加しているんじゃない。沙羅さんの応援に来たんだ。
沙羅さんは三位となった。まぁ女性の全参加者で七人だけど。軍人将棋が出来る女の人はこの世界でもそれほど多くはないらしい。
しかし、俺も沙羅さんも戦績はどうでもよかった。
ただ一緒にいるだけで、十分だった。
PVが跳ね上がりまして、ありがとうございます。
レビュー、評価、ブクマ、感想をいただいた皆様、本当にありがとうございます。
以前から読んでいただいている皆様も、最近一気読みしていただいた皆様も、今後とも宜しくお願いいたします。




