異世界メモリアル【5周目 第19話】
「なぁ、お前、悪い噂が流れてるぞ。早めにフォローしたほうがいいぜ。じゃあな」
どっかで聞いたことあるような気がするセリフを言ってきたのは義朝。数少ない男友達だ。めっちゃロリコンなのだが、ロリキャラはみんな攻略してしまったから最近では常時賢者モードだ。妹さえ見せなければ安心安全だ。
フォローしたほうがいいぜ、と言ってくれて助かった。以前はいきなり傷つけていたからね。なんであのときは言ってくれなかったんだ!
一周目における沙羅さんの際は、
「お前、評判悪いぜ、なんとかしろよ」
だった。あのときのことは一生許さんからな。
今回は良かった、まだ傷つけてないっぽい。今からでもまだ間に合う。死ななくていい。
さて、おそらくこれは鞠さんに違いない。そもそも薄々思ってたもん! 鞠さん以外とばっかりデートしてるなって! なんかヤバイ気がするって思ってたもん!
そう思ってたら急に、鞠さんに会いたくなった――
ぽん
ぽん
ぽん
――よし、鞠さんを探そう。
今日は部活がないから、演劇部にはいない。
となると、どこにいるんだ……?
鞠さん、鞠さんなあ。
来斗さんのような文系なら部室以外にも図書館とか、居そうな場所は思いつくが、鞠さんはなあ。
仮に、本当に容姿のキャラクターだとしたってだよ。ミラーハウスがあるわけでもないし。
以前のプレイではゴルフをしていたくらいなので、想像もつかない。
廊下をウロウロするが、これといった店……じゃない場所が見つからない。
くそ、今の俺の腹は何腹なんだ……じゃなくて、鞠さんの行きそうな場所はどこなんだ……。
プールを覗く。ほー、いいじゃないかいいじゃないか。競泳水着、いい。……っていうか水泳部が泳いでいるだけだった。
落ち着け、俺は鞠さんを探しているだけなんだ。
保健室に入る。天然だから、またずっこけて怪我をしているかもしれない。
「あぁ、少し貧血になって倒れているだけなのに、悪い狼にレイプされてしまうのですね、およよ」
……なんでここに来斗さんが。あなたとエンカウントする場所なんて図書館とかパンチラスポットとかいくらでもあるでしょ。
「しません。じゃ」
シーツをぎゅうっと握り込んで口元を隠す来斗さんの誘いをあっさりさっぱり無視する。俺は鞠さんを傷つける前になんとかしなければならんのだ!
リノリウムの廊下をつかつかと速歩き。どこだ、どこにいるんだ。
目に入ったのは……和室? そういうのもあるのか。もう十数年近くこの学校にいるけど初めて知ったな。
鞠さんはお金持ちの家だからな。茶道とか華道とか、そういうお嬢様なことをしているかもしれん。
「あら、ロトさん。あなたも将棋を指したくて仕方が無くなったのですか。ごほん、ちょうど今相手がいなくなったところなのでもしよろしければ……」
将棋盤に向かって正座しているのは沙羅さんだった。っていうか、一人で何をやっているんですか。どうみても最初から相手などいない。さすがにこれは……哀れすぎる……
「失礼しました」
顔を赤らめつつ対面の座布団に座ることを薦める沙羅さんを丁重に慎重に断る。今は鞠さんの方が大事なのだ!
ひたすら校舎内を歩く。普通のギャルゲーならマップ移動の際に誰とエンカウントできるかわかるのが普通だが、あいにくそういうユーザーに優しいシステムじゃないんだよなあ。
そこへ聞こえてきたのは、なにやら美しいメロディー。これはピアノの音か。
ぽんと手を打つ。お嬢様といえばピアノ。なるほど!
クソゲーかと思っていたが、いいヒントくれるじゃないの。
勢いよく音楽室のドアを開ける。
「およよ? まさか、この名作BLアニメのオープニング曲に惹かれて……?」
ピアノを引いていたのはなんと、てんせーちゃんだった。いや、確かに彼女は芸術系ヒロインだから妥当っちゃ妥当なのかもしれないが。楽器をひくイメージは全く無かった。しかしそこでBLアニメの曲を選ぶというのがな。新たな一面を知ったような、でもやっぱり画領天星というか。
「すまん、人違いだ」
おそらくその曲の作品と思われるキャラクターが描かれた抱き枕を俺に見せつつ、ちょいちょいと手招きされたが断固として拒否する。今はそんな場合ではない。っていうか男の抱き枕を抱いている場合なんて一生無くていいが。
しっかし、どこにいるのだ、鞠さんは。
もう帰ってしまったのかもしれない、と下駄箱を見に行ったが、鞠さんの靴はまだそこにあった。
部室棟やグラウンドも見回すが、どこにも見当たらない。
上から探すか。そう思って屋上へ。
「おや、ロトっちもパパラっち?」
屋上にいたのは次孔さんだった。
彼女はバズーカ砲みたいな望遠レンズのカメラを構えていた。誰を狙っているんだこれは……。
「俺は人を探してて……」
そう言いつつ、近づきながらレンズの先を見ると……
「鞠さん!?」
どうやら次孔さんが捉えていたターゲットは鞠さんのようだった。ここからではよく見えないが、何やら男に囲まれている。体育倉庫の裏とは、いかにもな場所じゃないか。最悪だ。
「どうなってるの、次孔さん!」
「演劇部の練習じゃないっすか?」
何を呑気なことを! 今度の芝居は白雪姫なんかじゃない。
俺は足の裏がどうにかなりそうなくらい階段を飛んで降り、上履きのままグラウンドに飛び出し、心臓が悲鳴をあげても身体に少しの休息も与えずに、鞠さんのもとに駆けつけた。
「鞠さん!」
そこにいた男たちには、見覚えがあった。
このイケメンたちは……乙女ゲームのキャラみたいなやつらは……実羽さんの取り巻きじゃないか。いけ好かない感じではあるが、決して悪い奴らではなかったはず。
「あ、ロトさん」
いつもと変わらないその声からは、何の事情もわからなかった。少なくとも、ひどい目にあっているわけではなさそうで安心する。
「なに、お前」
浅黒の細マッチョが、少し眉根を寄せて言う。
「男はお呼びじゃないんだけど?」
前髪をかき上げながら、長身の美形が言う。
「ふふふ」
「ははは」
その他大勢のイケメンどもが笑う。いや、嘲笑っているのか。
ぎり、と歯を食いしばった。
これが、実羽さんのいない影響なのか。
俺は今回、五周目のプレイを望むにあたり、必要最小限の出会いに止めようと考えていた。そしてそのことを一番最初、演劇部に入部するよりも前の一年生の四月のあたまに実羽さんに相談していたのだ。実羽さんは今回も攻略対象にならないことを少しだけ残念がってくれたが、それと同時に安堵してもいた。
彼女は俺とのフラグが折れると、イケメンから言い寄られなくなるのだと。そう言っていた。
そのときはそれは良かったね、くらいにしか思わなかったのだが……こういう弊害があったとはね。
「俺たちは彼女を誘っていただけだぜ? 今週の週末はお暇ですかってな」
俺は鞠さんの顔を見る。
こくこくと頷いてはいるが、その目は困ったように見えた。
こいつらは確かに乱暴もしてないし、デートに誘っていただけかもしれんが、こんな人数で取り囲む時点でどうかしている。男は美少女に囲まれても困らないが、女の子はイケメンであっても囲まれたら怖いだろ!
「あいにく、今週の週末は俺とデートだ」
そう言って、俺は鞠さんの手を取る。ちらちらと目線を送ると、鞠さんはやはりこくこくと頷いた。ちゃんと伝わってるのかな?
「チッ、そうかよ」
雲散霧消していく乙女ゲームキャラたち。こいつらマジで中身がチンピラ過ぎない? 本当に実羽さんに同情してきたんだけど?
「大丈夫だった?」
心配して俺がそう言うと、彼女はにっこりと笑った。
「はい。今週末は空いていました」
……え?
そういう意味で大丈夫か聞いたんじゃないのですが。




