異世界メモリアル【5周目 第16話】
合唱部の演目が終わったばかりの体育館には、数多くの観客がパイプ椅子に座っている。これから始まるのが俺たち演劇部の公演だ。
演劇部の文化祭の脚本として採用されたのは、来斗さんの脚本。ただしレイプシーンは削除された。当然だ。
俺が所属する演劇部は演技の巧さや容姿で配役が決まる。ただし、主演は三年生が務める。俺と鞠さんは二年生なので準主役といった役どころだ。しかしセリフは主役よりも多いので大抜擢といってもよく、そのことについては文句などないのだが。
「助けて、助けて~」
「嗚呼! なんということだ!」
別に棒読みではないのだが、中途半端に芝居がかっているような演技だ。主役はまぁ簡単に言っちゃえばマリオであり、ヒロインは乱暴に説明すればピーチ姫だ。要するに攫われたお姫様を助けに行く話です。
さて、そこで俺の役割だがヨッシーではない。ルイージでもない。なんと、クッパでもない。コクッパとかハンマーブロスでもない。
ワリオだ。
「フゥーハッハッハー! 醜いナメクジは地面を這いずり回るのがお似合いだぜ!」
俺は主人公の道中をずっと邪魔するので、出番が多い。ビジュアルはそうだな、暗黒騎士と聞いて想像したらそれで正解かな。もちろん黒いマントは無駄に翻す。ちなみにクッパはラスボスのため最後しか出てこないので、一年生が担当していた。不敵に笑むことだけが仕事だ。
「嗚呼! もうダメだ! ナメクジらしく地面を舐めて生きていくしかない」
主人公はとにかく挫折する。特殊な能力など無いし、自信も無いのだ。そういうところが共感を生むらしい。ここまでネガティブなやつはそうそういないと思いますけどね、来斗さん。
ちなみに馬の糞を投げつけただけです。顔洗ってさっさと立ち上がれよ。
「大丈夫よ! これをお使いなさい!」
ことあるごとに助けてくれるのが鞠さんの役だ。デイジーということにしておこう。当然ながら鞠さんが演じているから攫われたヒロインの姫より可愛い。妖精姫みたいなイメージが近いだろうか。ファンシー極まりない。長いブロンドに白磁の肌、均整のとれたナイスプロポーションの鞠さんは似合いすぎて本物に見えてくる。
渡したのは魔法の布。顔を拭けば匂いすらも取り去るそうだ。水で濯げばいいだろ。
「これなら頑張れるかもしれない」
勇気を振り立たせる主人公。そりゃそうだろ、これでやる気でないとか俺が許さん。
「よし、待っててくれよ、今行くぞ」
わざとらしいセリフ。お芝居だからね、そういうものだ。そしてまた俺が嫌がらせをする。
「フゥーハッハッハー! 貴様に人間の食い物は勿体ない! 泥水でも啜っていろ!」
「嗚呼! 食料と水が奪われた。もうおしまいだ。犬の小便くらいしか飲むものがないけど、それが私にはお似合いなのだ!」
泥水でも啜っていろと言われて、犬の小便しか飲むものがないと言い切るこいつは性格が悪くないだろうか。どうしても素直に泥水啜るのが嫌なのか?
そんなやり取りが続いて挫折するたびにデイジーが助ける。献身的なデイジーを好きになっちゃったりしないのかしらと思うがそこは主人公なので、意外と一途である。来斗さんの倫理観はレイプは愛情、浮気は不浄であるらしい。
「貴様、俺様のやることをことごとく邪魔しやがって」
「それはこちらのセリフです。なにが目的なんですか」
俺と鞠さんの出番だ。ワリオとデイジーの直接対決になる。
「お前なんかこうしてやる!」
「きゃあっ」
言うまでもないが、初稿ではここでレイプである。来斗さんだから仕方がない。
脚本変更により、ここではお尻タッチ。あくまで演技であり、本当は触らないことになっているのだが、鞠さんがドジなのでお尻を俺の手に当ててしまう。やばいやばい。演技どころじゃなくなっちゃうよ!?
「いいお尻してんじゃねえか……安産型だねえ」
「ええっ!? やめてください!」
レイプをセクハラに変更したのだ。誰だよ、この変更指示したの。部長だったっけ?
お尻を触ったことで動転した気持ちを落ち着せてセクハラをするという神秘体験の始まりだな。あくまでもお芝居です。
「それにしても、君おっぱい大きいね」
「そ、そういうところを見ないでください」
「太もももエッチだよねえ」
「そんなこと……」
「ねえねえ、彼氏いるの?」
「いません……いや、あなたに関係ないでしょう」
「つれないなあ。傷つくよ?」
「え? そういうつもりじゃ」
「優しいね」
「い、いえ」
「可愛いし」
「っ……」
「可愛い」
「はあう……」
結局これで二人は結ばれてしまう。セクハラを美化しているというかなんというか。ほんとにこれでいいのかと思うが、まあレイプよりはマシだ。
残念ながら、俺と鞠さんにキスシーンは無いし、ハグもしない。しかしながらこの、合法的に鞠さんにセクハラをした挙げ句に口説き落とすというのは貴重な体験だ。
俺たち二人の出番は非常にアレだが、主役とヒロインは王道のストーリーを展開する。こんなクソヘタレがどうやって敵から奪えるのかと思うのだが……
「くっ。もう誰も助けてくれないのか。誰も……」
当然ながら俺(というかワリオみたいな俺の役ね)がデイジーを骨抜きにしたため、この主人公を助けるものはいなくなったわけだ。
「いや、違う。助けてもらうってなんだよ。俺が助けるんだろ!」
まるでコイツが駄目だったのはデイジーが悪いみたいな話である。いまいち納得いかん。
かくしてマリオはピーチ姫を救い出し勇者として称賛を受け、結婚して王子様になったというお話だ。まぁ見どころはデレる鞠さんであって、他はオマケと言ってもいいだろう。
文化祭終了後、観客の女の子たちにキャーキャー言われてサインやら写真やらに応じていたとき、鞠さんが「ふーんっ」とそっぽを向いて少し機嫌を損ねたところも、俺としては名場面だった。お芝居の続きで役に入り込んでいたから、ではないと思いたい。




