異世界メモリアル【5周目 第13話】
ホワイトデーは鞠さんに返した。
もちろん、沙羅さんの手作りチョコレートは美味しかったが、スキーのときに聞いた話を引きずっていてなにかしてあげたいという気持ちが強かった。
まぁ、そこまで親密度が高いわけじゃないからそれほど感激してくれたわけでもないのだけれど。この世界、3年目ばっかりプレイできたらいいのに。1年目は毎回しんどい。
2年目に入った大型連休のデートで、俺は沙羅さんとキャンプに来ていた。あ、日帰りですよ?
お泊り無しであっても、テントを一つだけ立てて一緒に中に入ると距離が一気に近まる気がします。いや、これマジでいちゃいちゃ感凄いぞ。他の女の子も誘いたいな。
なぜ沙羅さんとキャンプかと言えばそれはもちろん料理部でもない俺たちが一緒に料理が出来るからだ。非日常の場所で一緒に料理を作る。これは親密度が上がりそうなデートですよ?
サバイバルではないので、着火剤を使って火を起こす。この時期、少しも寒くないわけだが火は起こす。火を一緒に見るのがキャンプと言っても過言じゃないからだ。いや、初めてなんですけどね。ゲームだって説明書をちゃんと読んでから遊ぶタイプの俺はキャンプをするにあたってきっちりキャンプの仕方を調べてきている。
まったくキャンプをしたことがないという沙羅さんは俺の行動を見ているだけ。俺も初めてなんですけどね。
「原始的な生活って私には貴重な体験ですわ」
ふむ。私にはってことは俺は普段から原始的な生活してるんだろという意味合いなんですかね。ポジティブに考えればあなたってワイルドで男らしいと思いますよということかな。前向きな姿勢、大事だよ。
沙羅さんはアウトドアに相応しく帽子とシャツ、ズボンという格好で来てくれたが、気温が高いことから袖は七分丈、ズボンを膝まで、靴はサンダルという装備だった。別に歩き回ったりしないから問題ないけど、蚊に刺されちゃうな。
「虫除けスプレーしますよ」
「あ、ありがとう」
腕と足にスプレーをかける。サンオイルに比べたらどうということもないが、こういうことも仲良くなれるイベントだと思うのよね。
「ペディキュア可愛いですね」
「……ありがとう」
ほんと、仲良くなれるイベントだと思うのよね。
沙羅さんは料理部だから手の爪は短いし、マニキュアなんてしていない。だから足の爪にはおしゃれしていた、なんてことがわかってしまう。
「じゃあキャンプめし作りましょうか」
「こんなところで本当にお料理なんて出来るんですか」
「どうでしょう。ただね、外で食べるだけでも美味しいですからね」
「そんなわけないでしょう」
キャンプが終わる頃には、その意見は変わってるに違いない。いや、俺も初めてなんですけどね。そう書いてあったからね。
「キャンプの醍醐味は火ですからね。本物の火で調理するのっていいですよ」
「火力を調整するのが難しいじゃないですか」
「そこがいいんですよ」
俺は鮎に塩をふって串に刺し、火の近くにぶっ刺す。
「鮎なんてこうやって食べるのが一番美味しいですよ」
「鮎は塩焼きが一番。確かにそうかもしれないですね」
他にもイカやソーセージなんかを火の回りに刺した。沙羅さんはあまりにやることがないので手持ち無沙汰そうだ。
「私は何を?」
「これを焼いてください」
「え、これを焼くんですか?」
「はい」
沙羅さんは半信半疑で串に刺していく。ふふ、楽しみだなあ。
空は晴天、風は心地よく。チェアに座って、雲を眺めるだけでも楽しい。ゲームで例えたらアクアノートの休日とかそういう楽しみ方だな。
そして一人ではない。隣のチェアにはとびっきりの美少女が座っていて、一緒に空や火を眺めているのだ。なんと豊かな時間の過ごし方だろう。
冷たく冷えた缶ビールを開ける。この世界では年齢的にもうビールは飲んでいいのだ。有り難いことだね。
「外で飲むとただの缶ビールがどうしてこんなに美味しいんでしょう」
「ホントですよね~」
喉を鳴らしつつ、焚き火を確認するとイカがいい感じに焼けている。
「ほら、焼けましたよ」
「あ、熱い。あ、美味しい」
「外でバーベキューしながら缶ビール、最高ですよね」
「た、確かに」
普段おしとやかにマナーを守って食べている沙羅さんが、イカの串焼きを頬張りながら缶ビールをあおっている。非日常感にワクワクする。
キャンプの楽しさに目覚めていく沙羅さんを見るのは快感だ。キャンプって、知らない人にその良さを伝えるのが一番楽しいかもしれない。俺も初めてなのに、そう思っちゃう。
しかし、こういうときに考えてしまうのは、ニコと一緒だったらどうだったとか、あいちゃんを連れてきたらどうだったんだろうとか、真姫ちゃんにも食べさせたかったとか。
いかんいかん、デート中に他の女の子のことを考えるなんて。
沙羅さんを見やると、自分で刺した串の様子を見ていた。
「これは本当に美味しいのかしら……あ、美味しい」
「でしょう?」
沙羅さんに焼いてもらったのはマシュマロ。焼いたマシュマロは美味いんだ。手渡ししてもらって、パクつく。甘い。
「ご飯は炊かなくてよかったんですか?」
「ええ。とっておきのがありますんで」
沙羅さんは鮎の塩焼きにかぶりつきながら、小首をかしげる。
俺はいたずらをするような気持ちで、お湯を沸かす。
缶ビールを3つ開けて、いい感じになってくる。
沙羅さんの頬も、赤くなっているのは焚き火のせいだけではなさそうだ。
「さ、メインディッシュが出来ましたよ」
「え? ふざけてるんですか?」
「さっき言ったでしょう。外で食べたらなんでも美味いって」
俺が渡したのはカップ麺とフォーク。
「どうです?」
「……美味しい」
でしょう。そうでしょう。
少し日が暮れてきた風を浴びながら、軽く酒が回っているときに食べるカップ麺が旨くないわけ無いだろう。
「料理なんて当人たちが美味けりゃ、手をかけたかどうかとか、スキルがどうとかなんてどうでもいいと思いませんか」
俺は、知っているから。
彼女が料理研究家の父親を憎んでいることを。
無理やり料理をさせられていることを。
だから一緒に楽しみたかったんだ。料理というより、一緒に食事をすることが楽しいことだって。
彼女は答えなかったけれど、俺と同じ風景を見ながらフォークで麺をたぐっていた。
キャンプ、可愛い女の子と行きたい……
出来ないことがあったら書く。それしか出来ないんだなあ……。




