異世界メモリアル【5周目 第12話】
今は2月に入った頃だ。
ひたすらデートをしまくっている。なぜなら、バレンタインデーでチョコを貰えないことほどギャルゲーにおいて情けないことはないからだ。
今日は鞠さんとスキー場にやってきていた。スキーやスノボは大得意である。もちろんゲームの話であって、現実にはまったく自信なし。
しかしながらこの世界において今の俺は運動能力が高いので、体重移動が本能的に上手になっており普通にこなせる。
世界設定がやや古いこともあって、スノボ人口は皆無。みんな長いスキー板で滑っている。鞠さんはド派手な赤いスキーウェアを来ていたが、金髪ロングとマッチしまくっていた。まるで赤い彗星ですよ。通常の三倍のスピードで滑っているぞ!
「わー、ロトさんはスキーお上手なんですねー」
「鞠さん、その人は別の人です。俺はここですよ」
「あら~、ごめんなさーい」
鞠さんは全然俺に似てない人に話しかけていた。普通なら業腹だが、鞠さんというのは本気で天然なので仕方がない。なんなら犬と猫すら間違う。
「このリフトに乗ってみましょう、結構一気に登れますよ」
「はーい」
本日は晴天で、気温はもちろん寒いが、レジャー日和と言えよう。綺麗な白銀の世界だ。
眼下には多くの人がスキーを楽しんでおり、遠くに見える山々も美しい。なんとなく足をぷらぷらさせると板の重さを空中に感じてますます楽しい気分になるね。
そして隣にいるのは美少女である。抜群のスタイルに金髪、ゴーグルを付けた鞠さんは日本人離れしているが、中身は結構おっとりしている。時間のかかりそうなリフトに二人で乗ったので、少し質問してみようと思った。俺は彼女のことをまだあまり知らない。
「鞠さんはやっぱりお嬢様なんですか?」
「ん~、どうかしら~」
「大きな家に住んでいるとか」
「おうちはおっきいね~」
やはりそうか。蝶よ花よと育てられたから、ぽわぽわしているんだろう。
「一人娘とかですか?」
お嬢様にありがちな設定だ。正直なところ、この人に弟とかがいる気がしない。
「ん~ん。兄妹はいっぱいいるよ~」
「え、そうなんですか」
偏見かもしれないが子沢山のお金持ちっていうのも珍しいな。
「えっとね~、37人いるかな」
「……え」
いくらなんでも多すぎる。モンゴル帝国の話なの? 蒼き狼と白き牝鹿の世界なのかな? オルドしすぎじゃない?
「お父様は子は宝だっていう考えだからいっぱい作るんだって~」
それはいい話なのか。ちょっとよくわからない。ダビスタの種牡馬ならそれでいいけど。
「もうすぐ生まれる赤ちゃんもいるんだよー」
「それは凄いな、お母さんは何歳なの?」
「えっと、その子のお母さんは確か16歳かな」
「……え」
鞠さんや俺と同じ年齢なわけだが。それに、その子のお母さん、と言ったか。
いや、確かにこの世界は日本に似てはいるけど日本ではないから、そういうこともあるのかもしれない。今まで知らなかっただけで。
「鞠さんのお母さんは?」
「んー、見たこと無いんだぁ」
「……そうなんだ」
「うん。お父様は子供がいっぱい欲しいから、結婚しないんだって。結婚すると不倫になっちゃうからって」
……道徳とは何かということを考えさせられる。不倫はしていないが、未婚の女性に何度も妊娠させて子供を引き取ってポイというわけだ。あまりにもあまりなので全然事実として受け止められないな。
「しかしお父さんは大変じゃないの、お母さんがいないのに一人で子育てって」
「……? 育てるのは専属の保育士さんだよ?」
……いや、わかっていたんだよ。全ヒロインが親から愛されてないのは前提条件じゃないか。知っていたことなんだよ。
「保育士さんはとっても優しかったよ。一度も怒られたり叱られたりしたことないよ~」
だからか!
間違いを指摘されたことがないから、こうなってしまったのか。
ある意味で蝶よ花よと育てられてはいたんだな……。観賞用という意味で。
そして気になるのは鞠さんの気持ちだ。
「お父さんのことは好きなの?」
「うん、お父様はゴルフとかスキーとかテニスとかいろいろ遊んでくれるから好き~」
「そうなんだ」
そうなんだよな、意外と親のことを嫌いじゃないんだよ、この子達は。なぜならみんないい子だからだ。よってその親の悪口を言ったり、可哀想などと思ってはいけないわけだ。五周目ともなると比較的冷静に考えることが出来る。前は頭に血が上ったものだ。
リフトの終わりが近づいてくる。
俺はスキー帽を外した。
頭がひんやりと冷たくなっていく。
鞠さんは別に虐げられているわけじゃない。ネグレクトだってされてない。
幼少のときに死んで脳移植されたわけでもないし、薬で人体実験を行われているわけでもない。
ひどい目にあってるわけでもない。兄妹がレイプされてるわけでもない。
だから、今すぐぶん殴りに行きたい気持ちにもならない。
ただ、さっきまでのうきうきとしたレジャー気分は消え失せてしまった。
冷たい空気を吸って、冷たい風を顔に当てて、速いスピードで滑り落ちると少しは気が紛れる。
帰りのバスに乗るまでには、なんとか前向きな気持ちになれた。
隣に座っているぽわぽわした笑顔を、素直に可愛いと思えるようになれた。




