異世界メモリアル【第16話】
俺は地元ローカルのラジオ局に来ていた。
ラジオの収録用防音室、通称金魚鉢の中で水を飲む。
もうすぐ生放送が始まるのだ。
目の前にはマイクがあり、向かい側には次孔さんが座っている。
緊張するなあ。
ぴ、ぴ、ぴ、ぽーん♪
時報の後、軽快なジングルが流れる。
「始まりました、次孔律動のリズム天国ぅ~! この街のニュースを中心に、いつもの通り面白おかしくトークしていきたいと思いまーす♪」
すっげー!
マジでラジオパーソナリティーだよ、この人。
プロにしか見えない。
「まずはニュースから。おととい、動物園のヌポンフが脱走しました。体長8メートルの大型で人を襲って食べる恐れがありましたが、寅野道場の一人娘、寅野真姫さんが当て身で捕獲しました」
とんでもないことが起きてた!
食材としか知らなかったけど、ヌポンフって人を食うの!?
そんな怪物を当て身で倒せる真姫ちゃんってどんだけ強いの!?
「何事もなく良かったですね~」
次孔さんが目で合図をよこす。
出番だから準備してねということであるが、ウインクなのが可愛すぎる。
「さて、本日は素敵なゲストが来てくださっているんですよ~! 私と同じ高校に通っているロトさんです」
「どうもロトです」
一応、打ち合わせどおりに進行している。
しかしドキドキするな~、これ。
「ロトさんは学校では奇抜な料理を生み出すことで有名なんです。そこらへんもグイグイ聞いていきますよ~?」
事前の打ち合わせでは、質問に端的に答えてくれればいいとしか聞いていない。
ラジオは無言が一番マズイので、考えてないですぐに返事をするようにと強く言われている。
何を聞かれることやら……。
生放送なのでちょっと怖い。
「まず料理を始めたきっかけを聞いてもいいでしょうか」
「えっと、妹に薦められたからですね」
「妹さんに。なるほどぉ。料理部に入ったのはどうしてですか?」
「ええっと、妹に薦められたからですね」
「ふんふん。それも妹さんなんですね」
「……そうですね」
「私が初めてロトさんのお宅に伺ったときも、妹さんの写真を自慢していましたよね? これが全く似てないんですよね。どう思っているのでしょうか?」
「ええと、俺の妹がこんなに可愛いわけがない。と思ってます」
「成る程ぉ~、一旦CMです」
地元の自動車免許教習所のCMが流れ始めた。
なんか妹の話に持っていかされている気がするぞ。
俺は次孔さんに抗議する。
「あの、なんか作為的なものを感じるんですが?」
「そうですか? 私がしたのはあくまで料理の話では?」
ぐぬぬ。
話の流れは確かに自然ではあったが……。
「奇抜な料理のことをグイグイ聞くと言いながら、妹のことをグイグイ聞いてません?」
「まぁまぁ。話題を変えますから」
「……わかりました」
アップテンポなリズムのジングルが流れる。
「さて、本日はロトさんをゲストに迎えておりま~す」
「引き続きよろしくお願いします」
「ロトさんと言えば、あの女装メイド喫茶”路面のメイドガイ”で働いていらっしゃることでも有名ですね。なぜあそこで働こうと?」
「えー、妹がバイト先の候補を出してくれて」
「妹さんが女装メイド喫茶で働いてみてはどうかと言ったんですか?」
「まぁ、そうなりますね」
「それまで全く女装なんてしたことないのに、妹さんの一言でやっちゃうんですね」
「そうですね」
「妹さんの事を本当に信頼していらっしゃる」
「この世で一番頼りになると思っています」
「成る程ぉ~、一旦CMです」
学習塾のCMが始まったところで、俺は次孔さんを睨みつける。
「じ~あ~な~さ~ん~?」
「いや、今のも私は悪くないよね。むしろ若干こっちが引いてるよ」
「完全に誘導尋問ですよね?」
「正直、そうでもないと思うよ……」
「誤解を解くようにお願いしますよ」
「じゃあ、普通の家族だってところをアピールしましょうか」
「はい、それで」
金魚鉢の外でミキサーさんが機械を操作する。
さっきのジングルを転調したバージョンが流れた。
俺は焦らないよう深く息を吐いた。
「お次は本日のゲスト、ロトさんのプライベートに迫ります」
「なんでもきいてくださいっ」
「実は年始は私とロトさんは初詣で偶然会ってるんですよね」
「そうでした、そうでした」
いいぞ、いいぞ。
ようやく普通のやりとりだ。
「クリスマスは学校から帰った後はどうお過ごしだったんですか?」
「妹と二人で過ごしました」
「あぁ、やっぱり。クリスマスプレゼントとか貰ったんですか?」
「ええ。ミニスカサンタのコスプレを披露してもらいました」
「えっ? コスプレを見せるのがプレゼントだったってことですか?」
「そうですね。私がリクエストしたんじゃないですよ?」
「ロトさんが喜ぶと思って妹さんがしたんですよね」
「そうです」
「どう思いました?」
「超可愛くて超えっちでした。最高です」
――あれ?
俺は、一体何を言っているの?
「それは良かったですね~。さてここでFAXをご紹介したいと思います」
ディレクターさんから、次孔さんがFAXを受け取る。
「ラジオネーム、おお勇者よ死んでしまうとは情けないさんからです」
――嫌な名前だな。
「お兄ちゃんのばかーっ!」
やっぱり!?
舞衣、聞いてたのね!?
「というお便りでした。感想は?」
「お兄ちゃんはバカだと思います」
「はい、私もロトさんはバカだと思いま~す」
ぐうの音もでねえ。
「ところで告知したいことがあるとか?」
そうだった!
あまりのことに目的を見失うところだった。
そのために来たんだよ。
俺はその後、子猫の情報と連絡先などを話した。
反響は結構あって、翌日には里親候補リストを作って実羽さんに渡すことが出来た。
実羽さんはそれは丁寧なお礼の言葉をくれたよ。
笑いを堪えながら……。
実羽さんにラジオを聞いていたかを確認する勇気はなかった。
目的は達成したが、またしても何かを失った気がする……。