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異世界メモリアル【5周目 第8話】


調理実習が終わって3週間。

7月に入ったところのいつもの定例。舞衣は甚平を着ていた。似合う。金魚柄というのがまた良い。


「ところでお兄ちゃん、来週は望比都もうひとさんの誕生日だけどどうする?」

「もちろん、プレゼントを渡す」


うんうん、懐かしい。この世界に来たばかりの頃に女流棋士の扇子を選んで成功したんだよなあ。


「沙羅さんが喜ぶのは、この内のどれかだと思うよ?」


1.先割れスプーン

2.ロリコン棋士の小説

3.パパと同じ洗濯機でぱんつを洗わないでステッカー


え? なにこれ?


「あの、前と同じ選択肢でいいんだけど」

「前? なんのこと?」


うっわー、すっとぼけてるよ。舞衣わかんなーいとばかりに人差し指を頭に当ててぐりぐりしている。

なんで選択肢を変えちゃうんだよ、難易度高すぎだろ。ま、仕方がない。舞衣のせいではないのだろう。


「そうですか、じゃあ説明をおねがいします」

「あいよっ。1はね、給食のときにつかってたフォーク兼スプーンだね。懐かしいよね~」


懐かしいね。ただ誕生日にプレゼントするかな~? 舞衣さんのセンスは変かもな~?


「次はね、将棋のプロ棋士になった主人公がちっちゃな女の子の弟子を取るんだけど、美少女に囲まれてデレデレするラブコメだよ」

「何だそれ……」


意味がわからなすぎる。女性へのプレゼントでロリコンが主人公の小説を渡すとか頭おかしい。でも、将棋モノなんだよなー。これが正解なの?


「最後のはね、思春期の女の子に大人気のアイテム。父親のぱんつと自分のぱんつを一緒に洗濯したら、捨てるしか無い。そんな悲劇を避けるためのステッカー」

「さすがにパパが可哀想だろそれ」


世の中どうなってんだ。もっと家族は仲良くするべきじゃね?

それにしてもどうしたものかなー。先割れスプーンが大正解ってことはないだろう。怒り出す必要もない。これがノーマル、普通に親密度が向上する選択肢と思われる。そうか? 普通は何これ意味分かんないってなるだろ。ちょっとリアクションが気になるな。

問題は2と3だ。

2は小説か。本は人を選ぶだろう……あんまりプレゼントに向いてねえよ。将棋に関係するものは好きなはずだが、しかしなあ。あと自分が読んでないのに渡すのも抵抗がある。読んでから渡すわけにもいかんし……。

3は思春期の女の子に大人気のアイテムって言ってるんだからそうなんだろうし、彼女も父親のことは憎んでいたはず。無理やり料理させられてるから料理もそんなに好きじゃないんだよな。でも、誕生日プレゼントにこれを対して好きじゃない男から貰って嬉しいか?


どっちかを貰うと大喜びするのがもうわからん。


「1でいいや」

「おやおやお兄ちゃん、こんな大事な選択肢を、でいいやとは。コレしか無いっていう意気込みで選ばないと」


うわー、正論うぜー。愛する妹の提言でも、うぜー。


「はいはい、1しかない。これだ絶対」

「うんうん、喜んでくれるといいねっ」


くっ、そんな素直に応援されるとさっきうぜーと思っちゃった自分がしょうもない人間だと痛感しちゃうからやめて。なぜ俺は天使のような舞衣がせっかくアドバイスしてくれたのに邪険にしちゃったのかしら、死のうって思っちゃうからやめて。


翌日、綺麗にラッピングされた箱が用意されていた。

先割れスプーンなのに、まるで高級腕時計みたいに見える。これ開けたときガッカリするんじゃないの?


俺は沙羅さんが部活しているところを訪問し、話があると伝えて料理準備室に来てもらった。前もそうだったな、懐かしい。

やっぱり非常に嫌そうな顔だった。好かれてないからね。

誕生日プレゼントだと伝えると今度は訝しい表情に。普通は親しくなかったら誕生日プレゼント渡さないもんね。でもこれは親密度を上げるイベントだからね。

しかしラッピングを外すと表情が一変。


「な、なぜ私にこれを!?」


妹が提示した三択の中で一番無難だったからです。そんな本当のことは言えないな。

ただ、頬を掻くだけで誤魔化す。


「懐かしい、懐かしいなあ」


沙羅さんは先割れスプーンを胸に抱いて、目を閉じた。まさかのこれが大正解なのか。


「お祖父様と一緒に住んでいた頃、いつもこれでご飯を食べていた」


あぁ、そうだったのか。沙羅さんが将棋よりも好きなもの。それはお祖父さんとお祖母さん。そのときの幸福だった食卓のアイテムだったか。

沙羅さんは母親にネグレクトされて、祖父の家に預けられていた。その生活は幸せなものだったが、その後料理研究家の父親に料理の才能があるから後を継ぐようにと無理やり引き離されたのだ。


「お祖母さんが亡くなったあと、お祖父さんが頑張って作ってくれた、半熟じゃなくて、ふわふわじゃなくて、崩れたオムライスをこのスプーンで食べてた。それでも本当に美味しかった」


沙羅さんの目から零れそうになった涙を見て、俺は目をそらす。

確かに沙羅さんは俺のプレゼントで喜んでいるが、この涙は喜びの涙じゃない。だから見るわけにはいかない。


「……もし良かったら、俺の作ったオムライスも食べてもらえないかな」

「ふふ、崩れてるオムライスですか?」

「どうかな、結構ふわふわで半熟になっちゃうかも」

「では、私もあなたの分を作ります」


料理部にお邪魔して、俺たちはお互いにオムライスを作って食べた。

正直なところ、味なんてわからなかった。先割れスプーンで泣きながらオムライスを食べる、沙羅さんを見ていたから。

その涙は、きっと喜びの涙だったから。

俺はずっと、その表情を見ていたから。

胸が一杯で、味がわからなかったけど、美味しかったと伝えた。

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