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異世界メモリアル【5周目 第7話】


「おあがりよ!」

「うわ~、お兄ちゃんの肉じゃが本当に美味しいよ~、絶対女の子の胃袋掴めるよ~」

「お粗末!」


もはや家庭料理くらいはかなり出来るようになっていた。

舞衣は結構、煮物とか汁物などシブい献立を好む。酒、醤油、みりん、花かつおがすぐに無くなる家庭だ。おかげで毎日おばあちゃんの家の食卓みたいになっている。ひじきの煮物とか、白和えとか、きんぴらごぼうにしばわかめなんかの常備菜が並ぶ、およそ男子高校生が好まないであろう食事だが、俺はもう生前とこの世界で過ごした時間を合計したらアラサーなので、正直こういうのが美味い。


なんなら日本酒を温めて、鮭の西京焼きとかで晩酌したいくらいだが、舞衣がまだ酒が飲めないから我慢している。一度、一人だけ酒を飲んだら露骨に不機嫌だったからな……。肉体が毎回若返るというのも良いことばかりじゃないんだよ。


「おかわり!」

「あいよ」


妹にご飯を山盛りによそうのは楽しい。おかんの気持ちだ。

料理のステータス向上は、実生活においては非常に幸福度が高い。


翌日、調理実習の献立は偶然にも肉じゃが。それにわかめと油揚げの味噌汁に、小松菜のおひたしという俺の得意料理ばかりだ。

それにしてもこの学校のカリキュラムはどうなってんだ。俺が料理をまったくしなかったら時間割に調理実習は登場しないのだ。随分と俺に都合のいい世界じゃないかと思うかもしれないが、それでも難易度がクソ高いんだよ。圧倒的な成果を出してようやく、女の子からへぇ、いいじゃんと思われるわけで。

音楽だの美術だのの授業なんか毎回地獄なんだ。基本的にドン引きだからな。そう考えるとなおさら料理のスキルを上げるのって割に合わないよなぁ。でも毎日の食事のときに舞衣が笑顔でいてくれることより大事なことなどないから仕方がないな。

じゃがいもを洗っていると、懐かしい声を聞いた。


「あら、お芋を洗うのが上手ですねえ。いつも芋洗いされているのかしら?」


そのセリフの主は、長い黒髪を丁寧に編み上げたヘアスタイル。涼やかな目元に、泣きぼくろが一つ。和装が似合いそうな、うなじに色気のあるタイプ。

初めてこの世界にやってきたときに同じ料理部で過ごした、テレ屋で将棋好きの女の子。


間違いない。望比都沙羅もうひと さらの出会いイベントだ。


懐かしい。本当に懐かしい。十年以上話していないもんな。久しぶりに話せて嬉しいが、それを態度に表すことは出来ない。彼女は俺のことをまったく知らないのだ。はじめましてなのである。

そして、彼女の特徴といえば皮肉。これも皮肉なのかなあ。


「まあ、そうですね。妹がじゃがいも好きなんで」

「へぇ~。庶民的でよろしいですね」


あー、そういうことか。じゃがいもは安いから、洗い慣れていることは貧乏だって、そういう意味なんだ。なるほどなあ、クイズみたい。


「皮は向くものなのに、丁寧なことで」


なるほどなるほど、確かにな。


「でも、これは新じゃがだから剥かないで食べた方が美味しいよ」

「皮を剥かない。それはそれは上品なことで」


あ、沙羅さんは新じゃがの皮の旨さを知らないのか。決して下品なんかじゃねえことを教えてやる。


芋を煮ていると、沙羅さんがおすそ分けをくれた。


「御御御付、薄くないでしょうか。ちょっと上品すぎるかもしれません」


俺が下品な味覚である前提なんですね。

出会った頃は親密度が低いから、こんなもんなんだろうけど、沙羅さんはちょっとわかりやすいかもしれないね。

まぁいいや。

ずず……。

うまい! どうやったらこんなにいい出汁が出せるのか! さすがだ。


「美味しいよ、めちゃくちゃ美味しいよ」

「そ、そうですか」

「さすがだなあ。料理部のエースだなあ」

「私のことを知っていたのですか」

「それはもう」


二周目、いや五周目だからな。特に沙羅さんのことは特別な思い入れがある。決して忘れることなんて出来ない。

当時はわけのわからない食材を使ったわけのわからない料理だったけど、沙羅さんの和食はしっくりくるなあ。

俺も結構上達したと思っていたが、沙羅さんの料理はやっぱり美味しい。


「な、なんで泣いてるんです」


え、俺、泣いてるの?

沙羅さんって実は人生で初めてデートした相手なんだよな。

そして、初めてフラれた、というか傷つけてしまった相手でもある。

料理部で仲良くしていたときのことを思い出したから、感情が溢れてしまったのかも。


「ちょっと、美味しすぎて感動しちゃったかな」

「……お上手ですね」


今のは皮肉じゃないよな?

過剰に褒めてると思って不愉快になってないよな?


「おっと、芋をかき混ぜないと焦げちゃうな」


独り言でも言って料理に戻らないと、もっと涙が流れてしまうかもしれなかった。

俺の肉じゃがが完成したころには、みんな料理を完成させていた。

同じ班となっていた俺と沙羅さんを含む四名で出来た料理をいただく。


「男らしい味付けですね」


沙羅さんが俺の肉じゃがを食べた感想である。男らしいというのは粗野ということであろう。ちょっと醤油が多かったのかな。


「食べてくれて嬉しいよ」

「料理を残すのは、嫌いですから」


この程度のことでも、少し頬を赤らめる沙羅さん。ほんとテレ屋なんだから。

じゃがいもをもくもくと咀嚼したあと、肉を口に放り込んでご飯を追っかけている。完全に肉じゃがを楽しんでるじゃないか。全然箸が止まってないぞ。もちろんじゃがいもの皮を残したりはしていない。


「ふふふ」

「なんです、ニヤニヤと。気持ち悪いですよ」

「ストレートだなあ」

「人が食べているところをジロジロと、まあデリカシーのある男子ですね」

「ごめんごめん、でも嬉しくって。美味しいよ、沙羅さんのお味噌汁。毎日飲みたいくらい」

「んなっ……」


親密度がまだまだ低いだろう俺の言うこんなセリフ程度でも、顔を真っ赤にしていた。

その表情だけで、ご飯が三杯食えた。



沙羅さんファンの皆様、大変長らくお待たせいたしました。

いや、本当に一年以上ぶりの登場でして、思い出すのが大変でした。

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